もう、振り返らないで


「星巡る方舟」のバーガー少佐と古代君の話。バーガーの年齢は古代守とほぼ同じ。そして多くの
頼れる上官、見守ってくれる先輩たちがいる点(末っ子ポジ)はバーガーと進に通じるところ。
そして二人とも心の支えともいう人を亡くしています。新作映画のバーガー登用はそこを狙って、ということでは
なさそうですが、よくよく考えてみると、絶妙の配役だったかもしれません。銃を向けあうシーンがあり
総統と古代を連想したという話も見ますが、私には全然違うものに見えますね。
ゲットー×バーガー、守×進要素を含みます。
(2015.08.13)

              

≪序章≫



 強力な磁場に捕まり停船を余儀なくされ、周辺調査を買って出た。ランベアはただでさえ老兵や
少年兵ばかりで役にたたず、ネレディの警務艦隊の人員も割くことはためらわれた。
「だからって、あなたが行かなくても……」
「俺のせいでお前等も巻き添えにしちまったんだ。行ってくるさ。何かあったらそのときは頼む」
「……フォムト……」
不安そうなネレディを余所に、俺は信頼の置ける部下と、何かと役に立つ爺さんを連れ内火挺を飛ばす。
しかし惑星表面の液体層に突入、降下している途中再び気味の悪い歌声が艇内に響いた。
「操縦不能!」と叫ぶメルヒの声さえ遠くなる。爺さんの「落ち着け!」という声。
頭蓋内にこだまする不気味な女の歌声。




 その向こうからまた聞こえてくる。



『エネルギータンクが誘爆、退避急げ。第五区画を封鎖する』


視界の奥で禍々しく光る警告灯。鼓膜を裂く緊急アラート。
苦しい息づかい。ひたすら走る。俺は何処へ?

閉じかけた隔壁の向こうに倒れている人影。
俺はあれを探し求めていたんだ。


もう少し、あと少し。

間に合ってくれ。




『メリア!』









「おはよう、」

「……ネレディ?!」

 悪夢から目覚めたバーガーの視界に飛び込んできたのは胸元も露わな真紅のドレス。
そして朱い唇。
思わずバーガーはドレスの女から後ずさり、慌てて周囲を見回した。
ホテルのラウンジのような場所だ。まだ頭の芯が痺れている。バーガーは頭を二、三度左右に振り、
頭の中のもやを振り払う。
「良く眠れたようね。気分はどう?」
「一体……何だよ、その格好」

 金細工の飾りのついた朱いドレスは華やかな美貌のネレディアに良く似合っていたが、バーガーには
彼女の容姿を褒める余裕も、気遣いも無い。彼等の付き合いには男女の意識というものは無かった。
「あなたもね、バーガー」
ネレディアはバーガーの質問に対してそう返した。「みんなこのホテルに入った瞬間、気を失ったのよ。
そして目覚めてみたらこんな服装に替わってしまった…」
あなたも、と言われバーガーは己の姿を見る。軍服では無い、夜会用のフォーマルスーツを着用していた。
「何だこれ?」
「さっぱり分からない。メルヒもバーレンも変な格好をしているわ」
「くそ、……」
口元を歪め、バーガーはようやく起き上がった。元よりここはガミラスでは無い。併合した惑星に
下り立ったわけでもない。どうやら異空間に迷い込んだらしい。が、不思議なことにバーガーにとって
この場所は見覚えのあるホテルだった。

「ネレディ、此所……」




 ――― あれは士官学校の卒業記念パーティだったか。

 ネレディア、ネレディアについてきたメリア、俺、そして友人達。未来は希望であり夢だったあの頃。
学校を卒業して本格的に軍隊に編入されるまでの、束の間の休暇。

 あのとき、夜のダンスパーティでネレディアは美しいドレス姿を披露し皆の目を釘付けにした。
男達はこぞってネレディアにダンスの相手を申し込み、彼女は歯牙にもかけぬといった体で誘いの手を
払う。周りの者は笑った。誰もが陽気に騒ぎ、この時ばかりは酒を楽しみ、遊興に身を投じた。大きな
窓からみえるバレラスの夜景は煌びやかで、ガミラスの隆盛を眩い光に替え、誇示しているかのようだ。

真っ赤なドレスを着たネレディアはOBとして招待されていたゲットーに優美な体を任せワルツに興じた。
戦闘機乗りながら端正な佇まいのゲットーはそつなくワルツをこなす。彼は絵に描いたような優等生だ。
すらりとした長身のゲットーと踊るネレディアはどこか嬉しそうにみえた。

『かっこいいね、あの二人』
俺と踊るメリアがうっとりと二人を見つめている。
『ん、でもさ、あいつ男みたいなんだよな。性格もあれだし、でかいしよ』
『ひどい、フォムト!』


あのときのホテルに良く似ていた。


「……似てるわね」
「……だが、ここはガミラスじゃない」

息苦しくなり俺は深呼吸した。しかし気持ちの悪い動悸は治まらない。
ネレディアがいれば当然メリアをも思い出す。
光に溢れていたあの頃、甘い記憶、そして。


そして、苦しみの果てにようやく古い記憶として整理することのできたあの出来事。

メリア。



「あなたが寝ている間にメルヒがこの建物を調査してくれたわ」
そう言うとネレディアは、メルヒが確認してきたというこの建築物の構造を語り始めた。
ホテルには立派な客室が沢山有り、ベッドやバスルームもすぐに使えるように完備されている。
厨房もあるしレストランのような場所もある。しかし、食料は麦の一粒さえ存在しないという。

「廃屋みたいなもんか」
「それにしては随分と綺麗」
「見た目よか、まずは喰い物だ」

やがてメルヒとバーレンも彼等のもとにやってき、窮状を告げた。何も打開策は見出せないらしい。
唯一の希望だった、持参していた通信装置でランベアやミランガルに打電を試みるも応答は無い。
そして当然ながら、何らかの外部の電波をキャッチすることもできなかった。
「どうします、こんな所に閉じ込められて!」
若さ故に短絡的なメルヒは悲鳴を上げた。バーレンやネレディアも良策は思いつかないらしく俯いている。

「騒ぐな、メルヒ!諦めるにはまだ早い!救難信号を打ち続けろ。糧食の扱いには気を付けよう、
先が見えねぇからな」

バーガーは冷静に指示を出し、とりあえずは皆、客室にて休息を取ることにした。
こんな危機的状況でこそ、軍人の度量が試されるというものだ。感情的だ、とか、短慮だ、と揶揄される
ことの多いバーガーではあるが、彼はここぞと言うときには冷静な判断の出来る優秀な指揮官であり、
それは亡き名将・ドメルの認める所である。今のような状況こそ、バーガーの芯の強さが活かされるときだ。

とはいえ、奇妙な空間の磁場か、重力の影響か、酷く体が重かった。
さすがに精神が参ったのか、俺もたいしたことねえな、と独りごちながらバーガーは己の部屋に入り、
ふらふらとおぼつかない足取りで、何とか一人がけのソファまでたどり着き、腰を下ろした。
ベッドに横になる気にはなれなかったが、猛烈な睡魔に襲われる。

 おかしいな、さっきもラウンジのソファでしこたま寝てたってのに……

目を閉じればすぐに意識が落ちてしまう、と想像しながらバーガーは下りてくる瞼を押し上げる
ことは出来ない。


バーガーの意識が途絶えたと同時に部屋の照明も落ち、周囲は闇に包まれた。



 カーテンの隙間から差し込んできた鋭い朝の光で目覚めたバーガーは、再び元の軍服姿に
戻っている己の姿に顔をしかめた。既に昨日、此所が常識の通用する場所ではないと察して
いたので格別驚きはしなかったが、携帯していた拳銃やナイフなど、武器になるものは消えた
ままなのには閉口した。
「やれやれ……ん?」
ポケットをまさぐる指先が馴染みの感覚を伝えてくる。
まさかと思いつつ慌てて引っ張り出すと、確かにそれはいつも愛用している煙草だった。
「おいおい、煙草は残してくれたのかよ。……ま、ありがたいがな」
愛着のあるライターもそのままだ。
バーガーはしばしそれを懐かしそうに見つめ、煙草一本抜き取ると唇に挟んだ。ライターから
小さな炎が上がる。

「みんな……」

静かに紫煙が空を漂う。
目を閉じ、瞼の裏に浮かぶのは懐かしい人たちの姿だ。

「ん。ウジウジしてても始まらねぇな!」
二度ほど煙草を喫むと、バーガーは目の前にあった灰皿で煙草を揉み消し、立ち上がった。


 ラウンジに集まり皆の顔を見渡すが、どの顔にも新たな進展は見られない。
「仕方ねえ。も一度このホテルをしらみつぶしに調査するぞ」
バーガーはそう言うと自ら陣頭に立ち、四階建ての奇妙なホテルの探索に精を出した。
しかし出口らしいドアを開けてもその先に歩み出せば別の部屋に出るだけだったり、意味ありげな
絵画を外し、壁を叩いても空間があるような雰囲気では無い。
「無駄かもしれないわね」
次第に焦りを感じていたバーガーの背後でネレディアが涼やかな声で告げた。
「何言ってんだ、早々に諦めてどうすんだよ。俺はこんなところでくたばるつもりは無ぇ」
壁を壊せるような工具は何も無かったが、バーガーはシャベルを手に身構える。
勢いを付け、壁を穿つようにシャベルを打ち付けた。
「俺はドメル将軍の仇を取らなきゃならねぇんだ!」

しかし渾身の一撃も壁に微かな傷を付ける程度にしかならない。
「くそっ!」
はじき飛ばされたシャベルを再び手に取り、両手で構え持ち壁を睨み付け、バーガーは大きく
シャベルを振りかぶる。

「体力を消耗するだけよ、バーガー」

やっきになるバーガーの背を冷ややかに見つめ、ネレディアは神託を下すかのように呟く。
「ガミラスの軍人は引き下がったりしない!」

ガツン、と鈍い音は響くものの、壁はびくともしない。「ちくしょう!」バーガーは叫び、幾度も
シャベルを振るった。




 そこかしこの壁、天井、床、ありとあらゆる場所を壊し脱出を試みるも、どこも呆れるほどに頑丈で、
どれだけバーガーが必死になってもかすり傷を付けるのみに終わり、四日が過ぎようとしていた。
メルヒに救難信号を打たせ続けてはいるが、他の手段はもうやり尽くしたと言ってよかった。
皆、それでも絶望を表情に出したりはしないが自然に言葉も少なくなっていく。
そんな中ネレディアは不思議と切羽詰まった様子もなく、優雅にピアノを奏でる。踊るには物足り無い、
緩慢な3拍子のリズムが妙に心の底をぞわりと撫で古い記憶を呼び覚まし、容赦無く引きずり込んで行く。


「ネレディ、お前、ピアノ弾けたっけか……」

いや、弾いていたじゃないか。

メリアと二人で弾いたり、サロンの客の前で小さな演奏家になっていたりしてたよな。

………そうだっけ…?




 記憶は霞が掛かったようにぼんやりしていて、正確に思い出す事が出来ない。
そして無力感に包まれ、ただこの不思議な空間に紫煙をくゆらせ、その煙のなかに懐かしく
おぼろげな過去を見るだけの気怠い時を過ごす、そんな時間が一日の大半を占めるようになっていた。

ドメル司令の下にいたときは、こんなゆったりとした生活に憧れてみたものだがな、とバーガーは苦笑する。
退屈の支配する平和とはなんと物足り無いものなのだろう。
こんな風に考える時点でもう俺も戦争の犬なのだ、と思わずにはいられない。
そうやってドメルや、仲間達に思いを馳せながら彼は煙草を咥えた。

ふう、と息を吐き、ソファの背もたれに身を預け顔を天井に向ける。

と、視線を感じバーガーは目を開いた。
「ん?」

階上から男女のザルツ人兵士が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「よお。……おいメルヒ!お客さんだ!」