碧の記憶


バーガー少佐で萌え萌えしたいお!でも相手がゲットーさんしかいないお!(´Д⊂ヽと
堀井さんにぐちぐち言ったら、「総統と絡ませれば」って言われたので。まあ、旧総統もアベルト閣下も
ちょっと目に止まった軍人さんを褥に呼び寄せて遊んじゃうこともしそうですが……(2013.04.01)

              

 デスラー歴101年、小マゼラン銀河平定祝勝式典での一番の主役は、総統たるデスラーではなく
小マゼラン方面軍を指揮統括していたドメル将軍とその幕僚たちだ。
彼等は凱旋パレードで民衆の祝福を存分に受けながら総統府へと向かい、全ガミラス人民の見守るなか、
幕僚一人一人に至るまでデスラー総統自らの叙勲を受けたのだった。

「ああ、さすがに疲れたな。昨日は飲み過ぎた」
中央軍総監、ヘルム・ゼーリックが野太い声で長々と演説をしているのを、フォムト・バーガー大尉は
欠伸を噛み殺しながら聞きつつぼやいた。
「黙れ、だらしのない奴だ。お前は何でもかんでも調子に乗りすぎるんだ、全く……」
バーガーの隣でライル・ゲットー少佐は薄い眉を顰め、小声でたしなめる。
二人の胸には真新しいデスラー二等十字勲章が誇らしげに輝いていた。
優秀な幕僚を数多く抱えている第6空間機甲師団、別名「ドメル軍団」において、第7戦闘隊隊長バーガー大尉と
第4航空戦隊長ライル・ゲットー少佐の活躍はめざましいものがあり、バーガーに至っては今回の武勲により
少佐への昇進が決定している。
彼が前夜から浮かれるのも仕方のないことだった。

「総監、いつまで喋る気なんだ?」
バーガーの減らず口は止まる様子が無い。ゲットーは無視を決め込んだ。
「なあ、撃墜王少佐どの。今晩はどこへ行く?」
ゲットーは知らん顔だ。
「昨日行き損ねた3番街の……ええっと、なんて店だったかなぁ」
「バーガー!」
いきなり後ろから襟を思い切り引っ張られる。
「ガキじゃあるまいし!じっとせんか!」
振り返って見れば、見かねたハイデルン大佐が凄い形相で睨んでいた。
「はいはい、おやっさんに言われちゃしようがねえや」
バーガーはかしこまりもせず、肩をすくめ笑う。

壇上ではようやくゼーリック元帥の有り難い講話が終わったようだ。
「後でドメル将軍に一捻りしてもらうか?バーガー?」
ゼーリック元帥に向け敬礼をしつつ、ハイデルン大佐は叱ってみせたものの顔はもう笑っている。
手塩にかけて鍛えてきた部下たちの躍進が嬉しいのだ。
「ああ、それだけは勘弁してくださいよ、大佐どの」
これにはさすがの「やんちゃ坊主」バーガー大尉も勘弁こうむる、と顔をしかめた。
大佐はまだ甘く見てくれるところもあるが、ドメル中将ともなるとそれではすまなくなってしまう。

 しかめつらしい祝勝会が済むと、バーガーは第7戦闘団の主だった兵士を引き連れ、これから
本当の祝勝会だとばかりに夜の街へと繰り出そうとした。そのときだ。

 「バーガー大尉」

 聞き慣れぬ声に呼び止められ、彼は何の気もなく振り返る。
帝星情報宣伝相、ミーゼラ・セレステラの直属の部下、情報部特務官ミレーネル・リンケがそこにいた。
普段関わりはもたないながらも中央情報部の制服を見て身構えない者はガミラスにはいない。
「何の用だ」
総統の一番の側近であるセレステラ宣伝相の子飼いの部下とは言え、中尉である階級の彼女に対し
自分がわざわざ畏まる必要は無い、とバーガー大尉は警戒しつつも平易に尋ねた。
「この度の叙勲、まことにおめでとうございました。大尉のご活躍は前線に出ることのない我々も驚嘆し、
また憧憬の念を禁じ得ないものであります……」
「別に俺だけの手柄じゃ無い。ドメル軍団皆の手柄だ。で、用事は。俺はもうここは引き上げるんだ」
「それは失礼を」
薄笑いを浮かべたリンケの顔は美しいながらも薄気味が悪い。
つくづく総統府中央軍司令部は居心地の悪い所だ。
「ではご命令をお伝えいたします。デスラー総統閣下より、バーガー大尉殿におかれましては明日夜20時、
総統府8階貴賓室「碧の間」に来られたし。私的な呼び立てであるため、正装は無用。とのことです」
「えっ?」
バーガーはぽかんと口を開け絶句した。
「よろしいですか、大尉殿」
リンケの念押しに、慌ててバーガーは首を横に振った。
「待ってくれ、総統府の5階以上はよほどの高官でないと立ち入り出来ないはずだ。それにおま…いや、
君は総統閣下の伝言と言うが、何の命令文書も無いのをはいはいと真に受けるほど俺は愚かじゃない」

 この女狐たちにかつがれているとしか思えない。
ドメル将軍のような歴戦の勇士ならばともかく、自分はまだ一介の士官に過ぎないのだ。
総統から直々に勲章を授与されたことだけでも名誉なことなのに、個別の拝謁となるともう、一大事である。

「私が総統閣下に成り代わり偽りの命令を発したとわかれば、総統は私ごとき眉一つ動かさず処分なさるに
違い在りませんよ、大尉。……では、確かにお伝えいたしました。お時間、場所をお間違え無きよう」
リンケは気味の悪い目を向け、確認をせまる。見つめ合うと魔術をかけられてしまうと噂されているジレル人
特有の赤い瞳をのぞきこまぬよう、バーガーは僅かに視線を逸らした。
「わかった。本官、フォムト・バーガー大尉は明日夜20時丁度、総統府8階貴賓室「碧の間」に必ず参上する」
「承りました。バーガー大尉。いえ、…「少佐」どの」
唇だけに酷薄な笑みを浮かべ、醒めた目をしたリンケは恭しくバーガーに対し一礼をするとくるりと踵を
返し去って行った。

 バーガーは記憶を辿る。
つい、3時間ほど前だ。デスラー総統が手ずからこの胸に勲章を付けてくださったのは。
遠くからしか、または映像でしか見たことのなかったデスラー総統は想像していたよりも華奢な優男と
いった感で、噂に聞く、有能この上ないが苛烈極まりなし、という評判からは程遠いように思われた。
先代エーリク・ヴァム・デスラー大公の甥と聞く。血筋は超一流、平民の出である自分とは比べようもない。
眩いばかりの金髪が目に焼き付いている。女ならば一級品の美女だったろうな、などと不埒なことを考えた。

 幾度も叙勲を受けているドメル中将は総統と二言三言、当然のように言葉を交わされていたが
自分はすっかり舞い上がってしまって、デスラー総統の細かな様子は全く記憶に残っていなかった。

「バーガー隊長!」

ぼんやりと突っ立っているバーガーに部下たちが呼びかける。

「あ、ああ」
「何してるんですか、行きましょう!戦勝祝いに受勲祝い、そして我等が隊長の昇進祝いですぜ!」

 奇妙なデスラー総統の下命に疑問は尽きなかったが、バーガーは思い煩うのは止め、待ちかまえていた
隊員たちと合流し、賑々しく夜の街へと繰り出して行ったのだった。




 しかし、いくら飲んでもリンケの薄笑いやデスラーの姿が脳裏から離れず、酔いきれないのがつまらなく
なったバーガーは早々に官舎へと帰った。
「おや、やんちゃ大尉のご帰還か。てっきり今日は帰って来ないと思ったがな」
「やあ、撃墜王どの。貴官も存外に大人しくお過ごしのようで」
「さすがに連日飲んだくれていては職務に差し支えるからな」
「相変わらずくそ真面目だな」
「お前も少しは俺を見習え」
「御免被るよ」

 日ごろはろくにバーガーの軽口に付き合わないゲットーだったが、さすがに叙勲を受けた喜びは彼の
心を軽くしているのか、普段よりは返答してくるのが楽しい。

「そうだ、ライル。聞きたいことがある」
バーガーはそう言って部屋に引き上げようとするゲットーの足を止めた。
「何だ」
「実は」
酔っているにも拘わらず、バーガーは辺りを見回し他人の姿の無いのを確認するとゲットーに顔を寄せ
「明日、デスラー総統に呼ばれた」
と、小さく囁いた。
「何かやらかしたのか」
「馬鹿を言えよ」
「……呼ばれて行ってどうするんだ」
「わからん」
ゲットーは暫く無言のままバーガーをじいっと見つめ、何か思案したようだったがやがて口を開いた。
「ちょっと来い」
そのままバーガーの腕を掴み、自室へと連れ込むと鍵をかける。
「どうしたんだ?」
怪訝な顔のバーガーを見やり、ゲットーは躊躇いながらも話しはじめた。

「俺も呼ばれたことがあるんだ。3年前の大マゼラン雲完全征圧のとき……」
「ああ、君は戦闘機乗りの最高栄誉、第1級軍功十字勲章を受勲したんだったな」
「そう。あれからだ、お前達から撃墜王なんてからかわれ始めたのは」
「尊敬してるんだよ」
「黙れ。まあいい、そのとき、お前と同じように不意にセレステラ宣伝相から内々の通達があったんだ」
「ほう。それで?総統に拝謁して何をしたんだ?」

「………」
「何だよ、出し惜しみするなよ」
「そうじゃない」
ゲットーの顔が曇る。本来、総統と個別に拝謁するなど身に有り余るほどの栄誉であり、それは
自慢するに十分な事なのに、ゲットーは浮かない様子だ。
「何だ?」
「……やっぱり止めておく。お前は口が軽すぎる」
「どうしてだよ、何でもったいぶるんだ」
「いや、違う」
「じゃあ、ここまでして何故言わない?おかしいぜ?」
尚もゲットーは逡巡したが、バーガーの食い下がるのに観念し
「憶えていないんだ」
と、ぽつりと言った。
それにはバーガーも呆気にとられるしかない。散々言い渋ったあげくに記憶がないとは。
「ライル、ふざけるなよ。お前らしくない!」


 そうどやされ、ゲットーは定かでない記憶を辿りながら憶えている限りの事を話し始めた。

 自分も「碧の間」に通されたこと。そこで飲物を出され、しばらく待たされたこと。

「そこからが記憶に無い。しかも、総統に拝謁したのは……何故か風呂だった」
「はあ?ライル、それは夢だろう。総統に会ったのは本当としても、おかしいじゃないか」
「俺だっておかしいと思うさ。でも、別に他の機会に総統と風呂に入ったことも無いし、ましてや総統の
浴室なんて俺たちの知ったことじゃない。全く、わけがわからない経験だった」
「じゃあ、まるごと夢だったんだろうさ」
「いや。後日、宣伝相から礼を言われた。総統はことのほかお喜びであったと」
ゲットーはどのような場面でも冷静沈着を常とする軍人で、機械人間だのコンピュータだのと揶揄され
ようが超然とそちらを見下ろすような男だ。
しかし、だからこそガミラス軍随一のエースパイロットであり続けている彼が、いくら総統に対面した
からと言ってその記憶を無くしてしまうのは奇妙な話だった。
「フォムト、変な話をしてすまない。つい、思い出してな。だが気をつけろと言ってもどうしようも
あるまい。デスラー総統に逆らうわけにはいかないしな」
「そりゃあそうだ。薄気味悪いから行きません、なんて言えるもんか」

それからしばらく雑談を交わし、バーガーはゲットーの部屋を後にした。
じゃあな、と言ってバーガーを見送ったゲットーの顔は晴れない。

 全ての記憶が無いわけじゃなかった。
爆破された機体の切れ端が宇宙に浮いているように、記憶の断片がゲットーの脳裏には残っている。

『ライル』

その声はデスラー総統そのものだ。

『ああ、君は素晴らしい……』

記憶の中のデスラー総統は一糸まとわぬ姿で潤んだ瞳をこちらに向けている。




 その記憶は本当に自分のものなのだろうか。ゲットーには自信が無い。
そして、それを親友に告げていいものかどうか、判断に迷った。

迷ったときには退くのが鉄則だ。

だからゲットーは肝心なことはバーガーには伝えず口を閉ざしたのだった。





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