風呂上がりに一息つこうと、キッチンで水を飲んだ。たしか果物があったから、それを少しつまむのも良いかもしれない。
 そんなことを考えていると、リビングのテーブルでノートパソコンに向かっていたカイトが顔を上げた。がくぽを見ると、わずかに眉をひそめる。
「がくぽくん、髪、ちゃんと乾かさないと風邪引くよ」
 下は黒のスウェットを穿いていたが、上半身は素肌を晒したままである。首にタオルを掛けていたが、膝に届くほど長い髪を乾かすにはとても足りない。
 髪から水が滴ることはないが、生乾きと言うには濡れ過ぎていたかもしれない。
「もう寒くはないし、大丈夫だ」
「そう言ってると引いちゃうんだよ」
 立ち上がると、がくぽの前までやってくる。そんなことを言っているカイトはフローリングの床を素足で歩いている。ひんやりとした床を直に歩いているほうがよほど寒そうだし、体温も下がりそうだ。
 カイト自身はそんなことに気を留めている様子もなく、がくぽに手を伸ばすと首に掛けたタオルを取り上げ、頭の上に乗せる。そうしてわしゃわしゃがしがしされてしまう。
「カイト殿……っ?」
 何をするのか、と顔を上げたくても、思ったより強い力で頭を拭かれているのでままならない。
「大人しく言うこと聞きなさい」
 拒絶を許さぬ強い口調でカイトががくぽに何かを命令するなど、普段はない。
 そこに座って、とがしがしされたまま誘導されて椅子に座らされると、背に回られる。
 そんなに風邪を引くことを――がくぽの体調を気遣ってくれているのだろうか。
「せっかく綺麗なんだから……」
「……? 何がだ?」
「髪。痛んだら残念でしょ」
「……そうか? べつに普通ではないのか」
 切って捨てるような物言いに、無頓着だなあと背後で苦笑の気配。
 そうではない。
 がくぽは落胆していたのだ。
 体の心配ではなく、髪が傷む心配だったのかと。
 それを隠すために、憮然を装ったのだ。
 落胆するのは自分勝手な理由だとわかっているから。
 こればかりは仕方がないかと内心で溜息し、ドライヤーまで持ち出してきたカイトに髪を任せることにして、椅子の背もたれに体を預けた。