ゆめのしるし

 蘭や天狐が目をかけ、可愛がっているというから、どんなのだろうと興味はあった。  そもそも人間と妖のハーフなんて、昔にもいたが、頻繁に遭遇するものでもない。あまり人間に肩入れするものでもないと思うが、半分が妖怪なら、理解してもいいところなのだろうか。  ともあれ、蘭と天狐に揃って頼まれてしまったことだし、一度引き受けたものを疎かにしては八咫烏の名が廃る。ふたりのいない間におかしなモノに攫われでもしたら、そしてその上で何かあれば、(展開としては面白くあっても)ふたりからどんな怒られ方をするかわからない。楽しいことは好きだが、胸糞が悪いことは嫌いだ。  どう見守っているのが正解なのかわからないが、あのふたりを真似ておけば問題はないだろう。  人間の暮らしぶりを白藍からも聞いておき、とはいえノープランで一週間ほどの同居生活をスタートさせることにした。  一日、時晴を見ていて、少しわかったことがある。  彼はとても生真面目だ。 「……あの」 「んー?」 「……そんなに見られていると、食べにくいのですが」  蘭が作り置きしていた煮物、濃い味付けで焼いた鶏肉、自分で作った味噌汁を行儀良く食べていた時晴が、テーブルの向かいに座って身を乗り出している八咫烏をチラリと見る。  行儀悪く両手で頬杖をついて彼を眺めていたが、時晴のやや上目での視線ににこりと笑みを返した。 「他に見るものもないし。いいじゃないか、行儀良く食べているのを見ているだけだろ?」 「……なんだか、観察されているようで……」 「あながち間違いじゃないな。ねえ、もう少し美味しそうに食べたら?」 「見られているから食べにくいんです!」 「ワガママだなあ」  けれど、あの蘭の弟ならそれくらいは普通か。血の繋がりはないふたりの関係を兄弟と揶揄しつつ、実態としてはそう表現するのが適切だろう。思っているから今のところ訂正する気はない。 「……ごちそうさまでした」  煉が作ったわけではないから、これはここにいない蘭に向けての言葉。律儀だなぁと思うが、人間はそういう感謝の言葉をよく口にするのだとは知っていた。  人間の世界に足繁く通っていたわけではないから、細かいことやほんとうのことは知らないことが多い。もちろん間近で見ることなんてほとんどない。だから時晴は、煉の好奇心をよく刺激した。 「お風呂、沸いているので。お先にどうぞ」 「……俺?」 「お客さまなので、一応」 「妖怪にお風呂入るとか、そういう概念も習慣もないんだけど……」 「水浴びだってするでしょう? どうぞ」  二度まで勧められると、どうにも断りにくい。わかったよと返すと、ひとまず言葉通り、浴室に向かうことにした。  脱衣所でぽいぽいと服を脱ぎ捨てると、ドアを開けて入る。浴槽に蓋がされているのは、食事を摂る前に湯が沸いた時、時晴がそうしたのだろう。  ひとまず、以前習った通り、シャワーから浴びることにする。最初は冷たい水が出るから、とシャワーヘッドを手に取り余所へ向け、お湯になるまで少し待つ。それからさっと身体を流して、シャワーを止めた。 「……ふぅ」  ばさばさ、と片羽根ずつ水気を散らす。脱衣所がびしょ濡れになるだろうから、風呂場をびしょびしょにするだけにしておいた。それからまたドアを開けると、 「あ」 「……あ?」  時晴と正面から視線が合う。 「す、すみません、別に覗きに来たわけではなく……!」 「言い訳すると余計にそう聞こえるけど……大丈夫だよ、見られて困るようなものはないし」  慌てて横を向いてしまった時晴が、何かを差し出してくる。 「その、これ、使ってください」 「……タオル?」 「新しいのを下ろしたので……」 「そんなに気を遣わなくてもいいのに」  律儀な子だね、と笑いつつ、せっかくの好意なので受け取っておく。羽根の水気はほとんど取ってしまったから、本体のほうだ。こちらも素早く拭いてしまうと、脱衣所の外に出ていた時晴に差し出す。 「これ、どうしたらいい?」 「洗濯機に入れておきま……どうして服を着ないんですか?!」  顔を逸らされてしまった。仕方ないなとタオルを見下ろす。 「洗濯機とかいうのに入れればいいんだね?」  あの蓋つきの箱かな、と使用用途を思い出しながら蓋を開けて入れておく。 「どうして服を着ないのか、だっけ? 邪魔になるからだよ」 「邪魔?」 「そ。これのね」  羽根を開いて伸ばし、時晴の頭を軽く撫でる。 「あ……背中が開いてないと……」 「そう。羽根が広げられない。咄嗟の時なんか、それで生死を分つこともあるから……重要だよ」  もちろん羽根はしまうこともできるし、飛ぶ時以外は収納していることも多い。そちらの姿を見ているほうが多いだろうに、時晴は、 「そうでしたか……すみません」  神妙な顔でぺこりと頭を下げてくるので、思わず髪ををくしゃくしゃにするように頭を撫でてやった。  こんなに簡単に言いくるめられてしまうようで、本当に大丈夫なのだろうか。なんとなく蘭と天狐が自分に面倒を頼んできた本当の理由を察してしまう。 「深刻な話じゃないからあんまり気にしないで。ちょっとやそっとじゃ、俺をどうもできないさ」  もちろん君にも手出しさせないよ、と笑っておく。時晴の緊張はそれで解けたようだ。 「じゃ、次は君が入っておいで」 「はい」  素直に頷いた時晴と入れ替わるように、脱衣所を出た。 「いつもは蘭はどうしてるんだい?」  添い寝してくれる? 問いかけに時晴は首を振った。 「子供じゃありません。いつもは……そうですね、この家の周囲の見回りとか、してくれているみたいです」 「なるほど? その間、君は何をしてるんだい? ひとりで抜いたりしてる?」 「ぬ、……っしません!」  途端に真っ赤になって否定してくるのがとても可愛らしい。予想はしていたが、それはそれだ。  ついつい意地の悪い笑みが浮かんでしまうのは、仕方がないで押し通したい。 「おや。健全な若い男の子なんだから、それくらい普通じゃない? 蘭だって、気を利かせてくれているのかもしれないよ?」 「そんなはずないでしょう」 「ないとは言い切れないだろう? ずっと見守ってくれていたからこそ、気遣うと思うけど? 弟くんは、そんなお兄ちゃんの気遣いをムダにするのかな」 「う……」  このくらいでまた言いくるめられてしまうところがまだ子供というところか。  くすりと笑うと、寝そべっている時晴の腰あたりに跨り、見下ろす。羽根は収納したから、時晴が貸してくれた浴衣を着ていた。着心地は悪くない。  不思議そうな顔、視線をじっと見下ろす。 「? 八咫烏さん?」 「興味出てきた」 「興味、ですか?」 「そう。……ちょっとじっとしててもらえる? 悪いようにはしないから」 「え? え、なにを……えっ、ちょっとホントに何をするんですか?!」  寝巻きのズボンに手をかけると、引き下ろしてしまう。左膝から右太腿にかかるようにのしかかり抵抗を封じる。抵抗する間も与えず、さっさと性器に触れてしまった。 「ッ、ちょっと! 私を揶揄うのにこんなことしなくても……」 「揶揄うためじゃない」 「……?」  疑い深い瞳に、にやりと笑む。 「好奇心。言ったろ?」 「もっとタチが悪いじゃないですか……!!」  そうかもしれないが、正直な理由を伝えたのだから、時晴も譲歩してほしい。そんな気持ちで性器の先端を指の腹で撫でる。 「暴れないで大人しくして。コミュニケーションだと思って」  思えないだろうな、ということはわかっているから、さっさと行動に移すことにした。  性器に顔を寄せ、くちびるで触れると、舌を出してべろりと舐め上げる。 「ひ、っ!」  引き攣れた声。体がビクッと震えた。反応は悪くない。もっと追い詰めたくなってしまうくらいだ。  ヒトの男性は若いほど回復が早いんだったか。以前に交わったのがいつだったのか思い出しつつ、性器の根元に口付ける。 「声。出していいから。そのほうが昂ぶるし」 「な、……こんな、なさけない声……」 「俺がいいって言ってるんだから、いいんだよ。それと、イきたくなったらイッて構わないからね」  笑み、性器に口付ける。またひくりと肌が震えたのが伝わり、宥めるように腹筋を撫でた。  イきたくなったら何度でも。一度で止めるつもりは、今のところはない。 「ン、……」  多少は熱が籠もってきた性器を、根元から舌でねっとりと舐め上げる。裏筋を指で撫で、鈴口を舌先でくすぐった。そのたびに震える身体が愛おしい。  まだ全然こんなことに慣れていない――もしかしたら初めてなのかもしれない。それならじっくりと、充分に味わって堪能すべきだろう。初物をひと呑みにしてしまうのは、いかにも惜しい。 「ぁ……ッく、……ッ」  シーツに刻まれる皺が深くなる。感じてくれているのだと思えば、嬉しさより愛しさが増すというもの。  先端をくちびるで咥え、舌先で緩い愛撫を与えた後、ゆっくりと口内へ導く。 「やた、がらす、さ、……っ」  もちろん口淫も初めて受けるのだろう。煉を止めようとする声は、ほとんど泣きそうになっている。大丈夫だよと声に出して宥めるのではなく、手のひらで肌を撫でる。  すっかり昂ぶった熱に舌を当てて少し擦るだけで、時晴はそろそろ限界を迎えそうだ。 「ッあ、もぉ……ッ」  いいよ、と言う代わりに強く吸い付く。あ、と時晴の声が一段高くなり、煉は受けた精を飲み下す。なおも吸い付き、すっかり出させてやってからようやく、口を離した。  悪くない、どころか、いい味だった。若いからなのか、半妖だからなのかまではわからないけれど。  これならまたシてもいいなと思いつつ、荒い呼吸を整えている時晴の頭を撫でる。 「いい子だったね。……気持ちよかったかい?」 「……っ」  真っ赤になって、顔を逸らしてしまう。なんともウブな反応は、昨今稀に見る。150年前の人間だって、そんな反応をしたかどうか。  今の時晴は目の前に盛られたご馳走のようなもので――食べてしまっても、いや、食べるしかないのではないか。  時晴のせいにするつもりはさらさらないが、ふたりきりになってしまったのが運の尽きというやつだ。思い出せば最近シてなかったから溜まってもいるし、痛みを与えるわけではないし、ちょうど良い。  着ていた衣服をばさばさと脱ぎ捨てる。不審に思ったらしい時晴と目が合った。 「君を気持ちよくしたからね。今度はオレが気持ちよくなる番。……もちろん、また気持ちよくなって構わないよ」  どのみち彼の性器を再度勃たせる必要があるから、必然的に気持ちよくはなるだろうけれど。そこまでは説明せず、非難するような目を向ける時晴の目許に口付ける。 「一回シちゃったんだから、二度も三度も変わらないよ」 「変わるでしょう……?!」 「変わらないよ。失うものなんか、……そうだね、あるとしたら、君のハジメテくらいじゃないかな?」 「は? 何を言ってるんです?」 「人間の言葉で言うと……そう、フデオロシ、だったかな? かわいい女の子じゃないのは申し訳ないけどね」  そのかわり間違いなく気持ちいいよ、と、過去の経験と照らし合わせて断言する。身体を起こして離れようとした時晴のくちびるに口付ければ、何故か悔しそうな顔をされた。  気付かなかったフリで、萎えた彼の熱に触れる。抵抗らしい抵抗があまりされないのは、こっそりと仕掛けた術で身体の力が入りにくいのかもしれない。それを不審にも思われないあたり、彼に経験値がないせい、だけなのかどうか。蘭も天狐も、よく食べなかったなと感心させられる。 「……ぅ、……ッ」  刺激、あるいは快感を堪えるように顰められた眉、食いしばった歯、シーツを掴む手。笑顔はただ可愛らしいだけだが、堪える表情にはずいぶんと煉を誘う色気がある。  翻弄している自覚はあるが、こんなに素直に翻弄される人間もなかなかいない。  後で蘭にも天狐にも、神様にも叱られてしまうだろうか。だからといってそれを理由に止めることはしないのだが。  戯れのように触れているうち、また芯を持った熱を指で支える。腰のあたりに移動すると、それを自分の孔へ宛がい、ゆっくりと咥えていく。 「あ、ッ、ン……!」  煉には口でするのとどちらが悦いのかはわからないが、与える側としてはいつも挿れている時のほうが相手は悦い顔をしている、と思う。それならこの体は、ヒトとは違っていても房事に差し障ることはない。究極、挿れられればいいのだろうし、挿入せずとも出せるのだから手管の問題なのかもしれなかった。  その意味で、煉の手管――場数ともいえる――は、普通の人間などよりはよほど多くある。好奇心もあるほうだから、相手も、自分も満足させられる術はいくらでも心得があった。  今は。  自分が満足するなら時晴もきっと満足するだろうという確信だけがある。 「八咫烏、さん……」 「ん? 気持ちよくないかい?」 「……気持ちいいです、けど……」 「けど?」 「…………私ばかり、悦いのでは……」  思わず、まじまじと時晴を見下ろした。こんな、なし崩しにとはいえ襲われておいて、気にするところがそんなところだとは。  本当に、律儀でかわいらしい。  半ば以上愛しく思い、時晴のなめらかな頬を撫でる。 「大丈夫。さっきも言ったけど……今度は俺も気持ちよくなるから」  あいこだよ、と言ってやれば、どこかホッとした表情になる。  こんな時にそんなことを気にするなんて。 「君は何もしなくていいからね」  俺に任せて。  囁くと、ゆるりと腰を揺らす。咥えた熱を根元から、あるいは先端だけを刺激し、大きく乱してやった時晴の寝間着をまくって肌を撫でる。肌の手触りも良い。男でこんなにすべすべとした肌は珍しい。触り甲斐があるのはいいことだ。  徐々に熱に浮かされていく時晴の瞳を見つめ、獲物をすっかり捕らえた眼で微笑んだ。  すっかり好き勝手した自覚はある。  深い眠りに落ちた時晴の、どこか幼さも見える寝顔を眺めながら、煉は彼の頭を撫でてやった。  あれから結局三度ほど搾り取ってしまったが、時晴が若い男だったから、ということだけのせいにできるかどうか。寝顔は幼く見えるから、今になって多少の罪悪感が湧く。 「……覚えられてると、後が面倒かもしれないからね」  主に鬼神や天狐あたりが。  けれどそれだけではなく、忘れたほうが、と考えをすぐに翻す。忘れる必要はない。夢にしてしまおう。 「一夜限りの、ってね」 「……ん……」  こちらに寝返りを打った時晴が、もぞもぞと動く。起きたのかと思ったが、どうやら違った。――抱きしめられた。 「……? どういうつもりだい?」  無理に引き剥がそうとは思わないが、よくわからない状況だ。寝ている相手に理屈を問うても無駄だから、このままにしておいてもいい。 「起きたら、さっきまでのことは夢だと思ってね」  囁いて額に口付ける。  まず、明日きちんと起きられるかどうかの心配が先だろうか。思いつつ、あたたかい体を抱き寄せて目を閉じた。 「話す時は目を見てって言われなかったかい?」 「いえそれはそうなんですけど今はちょっと勘弁して欲しいですし授業中にちょっかいかけてくるのもできれば止めて頂きたいというか」 「見てるだけだろう? 何も問題ないじゃないか」 「そうかもしれませんが今日のところはちょっとすみませんごめんなさい私が悪いのは重々承知の上なんですけれど私を見ないでいただけませんか」 「君いますごく面白いけど、自覚ある?」 「からかわないでください!!」
>>> go back