「はぁ……なんだって私がこんなこと」
「そう言うなよ。むしろ好き好んで飛び込んで来たように見えたけど?」
助かったよ、と笑うのは、そもそも喧嘩の中心にいたレンだ。トキヤの通うノーブル学院と対立するシャイニング学園の生徒だ。以前は潰すことも考えていたが、互いの学校の生徒会長同士が意気投合してしまったため、それも無用になった。
レンが喧嘩に巻き込まれていたのはノーブル学院の校区に近い場所で、トキヤがたまたまそこにいたのはシャイニング学園へ使いに出ていた帰りだった。
絡んでいたのは私服の男たちだったが、年代はトキヤやレンと変わらないように見えた。どちらの学校の生徒なのか、あるいはまた別の学校かはわからないし、放っておくこともできた。
けれど思いがけず、レンの喧嘩に見惚れてしまい――後ろから何かの凶器じみたものを振り上げた者を見てしまい、黙って通り過ぎることが出来なくなった。
そうして、気付いたら蹴りを食らわせていたのだ。
「……好き好んだわけではありませんが、万が一にもうちの生徒だった場合には、会長の面目が潰れてしまいますから。それだけです」
十人ほどの暴漢をふたりで撃退し、ひとまず近くの喫茶店に入った。Green Summitだと変に騒がれかねないのを避けたのだ。
とはいえ、互いに見えるところへのダメージはないのだが。
広げたメニューに視線を走らせる。
「ここは助けてもらったオレが奢るよ。好きなもの頼んで」
やってきた店員がメモを取る構えになる。ふぅ、と息を吐いた。
「……では、奢られておきましょう。クラブサンドのセットで、デザートも。飲み物はホットコーヒー。スープはクラムチャウダー、デザートはチーズケーキを」
「いいね。オレは……オムライスのセット、スープはコンソメ、飲み物はアイスコーヒー。あと、チキンクラブサンドイッチと……ビーフシチューで」
メモを取った店員が復唱して去っていくと、トキヤはまじまじとレンを見た。およそひとりが食べる量ではない。
「……なんだい、じろじろ見て」
「ああ、いえ……よく食べますね?」
「放課後だし、結構な運動をした後だからね。足りなければ追加するし……これでも少ないほうだよ」
「少ない?! その量でですか?!」
思わず大きな声が出た。慌てて口をつぐむ。レンは気にした様子もない。
「イッチーがいるから、多少は抑えたのさ。逆に聞くけど、イッチーはそれだけで足りる?」
聞き慣れない単語に怪訝な顔で首を傾げる。
「……イッチー……?」
「一宮トキヤ、だったよね? だからイッチー」
「おかしなあだ名で呼ばないでください」
「もうひとり……赤い髪の子も一宮だろう?混ざるじゃないか」
「……そうですけど。友好関係にあるわけでもないのに、あだ名など……」
「じゃあ、今から友好関係を作ればいい。せっかく学校同士も友好関係になったんだから、ね?」
ウインクとともに言われても、その理論はどうなのか。そもそも、学校同士が友好関係になっても、個人的に友好関係を結ぶ必要はあるのか。トキヤにはないと思うのだが。
「で、イッチーはそれで足りるの?」
「足ります。夕食も家で準備されますし……むしろ食べ過ぎを心配するくらいです」
「じゃあ、食べた後でも運動すれば良いんじゃないかな」
「食後に?」
「手合わせくらいしか付き合えないけど」
物騒な提案に呆気に取られたのは数秒のこと。すぐに不敵な表情になった。
「……いいのですか、そんなことを言って。あなたが常勝不敗だということは知っていますが、それに泥をつけますよ?」
「いいね、きれいな顔で強気な言葉。構わないよ、『手合わせ』だからね」
余裕ぶっていられるのは今のうちだ。
毒づきながら、運ばれてきたスープに無理矢理意識を逸らした。