どうしてこうなったのだろう。
どうしてこうなったのだろう。
疑問は何度も頭骸の内に反響し、ばらばらになることを繰り返している。
どうしてこうなったのだろう。
きっかけなんて、些細なことだ。
ただ、あの男が一方的に押し付けて行ったがらくたが残っていて、哲雄が眠ってしまった後にそれを見付けたから妙な気を起こした。そうに違いない。
その時蓉司の胸から湧いたのはただの好奇心。
――哲雄なら、どんな反応をするだろう。
傍らで穏やかな寝息をたてて寝ている男には想像できまい。蓉司が隣で不埒な想像をしているなどと。わかるわけがない。
哲雄の眠りは深い。軽く触れた程度では起きないことを確信して、鎖の繋がった首輪を首に掛ける。長い鎖は自分の手に巻き付けて持った。両腕は革紐できつめに、後ろ手に縛った。寝間着は下着ごとすっかり脱がせてしまう。それでも起きる様子がないのは、哲雄が案外寝汚いせいだろう。
露わになった哲雄の体は、名工による彫像のように美しい。いつも、この体に抱きしめられ、愛撫されるのだ。――自覚すると気恥ずかしい。
下半身を見下ろし、その中心にふうと息を吐いた。この程度で反応があるはずもないが、何故か苛立ちが湧いて、唇で噛み付いた。根元から先端、先端から根元へと何度か往復しているうち、徐々にではあるが哲雄の性器が反応し始める。
「……、……」
ぴくりと身じろぎ。
いつ、起きるだろう。起きたらどんな反応をするだろう。
その時が来るのを恐れ、だが期待もしている。だからだろうか、蓉司の行為は少しずつエスカレートしていく。
哲雄の性器と下生えに手を添え、亀頭を飴を舐めるように舌を動かし、裏側の筋を舐め下ろす。
何度も体を重ねるようになったが、蓉司から積極的に行為に及ぶ機会は少ない。淡泊なほうなのだと思っていたが、この分では自己認識を改めたほうがいいかもしれない。そんなことを頭の隅で考えた。
性器のくびれたあたりを丹念に舐めていると、質量が増していくのがわかる。意識は寝ていても体が反応してくれるのが面白い。調子に乗ってそこばかりを舐め続けていると、思いもよらぬ反応が返された。
「何、してんの」
寝ぼけた声が頭上から届く。
現状を把握しかねているのか、声には戸惑いが含まれている。銜えたままで、顔は上げない。
「……したい、から」
「なんで腕とか縛ってんの」
じゃらりと金属の音。手を伸ばそうとしたのかもしれない。
蓉司に、触れようとしたのかもしれない。
そうさせなかったのは他ならぬ自分だというのに、蓉司はかすかに苛立った。
「いつもいつも、してくれるのは城沼ばっかりじゃないか」
「…………それで、腕を?」
小さく頷くと哲雄の下生えを指で弄り、根本へ唇を這わす。
哲雄が無抵抗なのは新鮮だ。
けれど、何か物足りない。
「城沼は……こういうの、嫌なのか?」
「こういうのが嫌、っていうか」
じゃらり。
鎖が擦れる音と、小さな溜息。
「……触れないだろ、おまえに」
それとも、と哲雄は言葉を継いだ。
「嫌か、俺に触られるのは」
咄嗟に頭を振った。
そんなことはない。哲雄に触られて嫌なことは何もない。あったら、そもそも体を重ねるようなことすらなかったはずだ。
だから、ちがう。
答えは難しくはない。
「いつも、おまえばっかり触るから……たまには、いいだろ」
「……構わねえけど」
「けど?」
「…………やっぱり触りたい、俺も」
じ、っと。
動物を彷彿とさせる表情で蓉司を見つめ、返事を待つ。
狡い。
蓉司は内心で毒づく。
そんな表情をされては、結局蓉司の本懐は遂げられないことになるだろう。
せっかく色々しようと思っていたのに。
「……誕生日くらい、おまえを気持ち良くさせたいのに……」
「いつも充分気持ち良くさせてもらってる。それに、」
「?」
「このままじゃ、抱きしめられない」
じゃらりと鎖を持ち上げて見せる。
蓉司は大きく溜息を吐いた。
次回は譲らない。
心に決め、哲雄の両手の戒めを解いたのだった。