「いいのかな、俺が貰って」
手にした小さなポチ袋に視線を落としながら、困惑したように蓉司が呟く。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
そんなごく一般的な年始の挨拶の後、哲雄の母がくれたのだ。
「今まで哲雄以外の子にあげることもなかったから、貰ってくれると嬉しいわ」
と、本当に嬉しそうに差し出してくれるので、固辞するのも気が引けて受け取ってしまった。
小さなポチ袋の表書きは『お年玉』。
両親が生きていた頃には親戚の集まりに行くこともあり、そこで貰うこともあったように記憶しているが、事故以来は親戚の集まりに顔を出すこともなくなり、もっぱら姉からしか貰ったことがなかった。まして親戚以外の他人から貰うことなど、今まであるはずもない。
蓉司のそんな戸惑いを正確に見抜き、哲雄は表情を和らげる。
「いいんじゃねぇの、貰っとけば。喜んでたし」
「そう、かな」
「俺も、貰ったし。おまえの姉貴に」
大晦日に突然やって来た哲雄はそのまま蓉司の家に一泊し、正月一日の午前中に来訪した蓉司の姉とも新年の挨拶を交わした。その際に、蓉司と一緒に貰ったのだ。
産まれて初めて、養父母以外からのお年玉。
断ろうとしたが、
「学生のうちだけよ、貰えるのは。だから遠慮せずに貰って。ね?」
とにこやかに蓉司と同じ顔に言われて、それ以上断ることなど哲雄にできるはずがなかった。
だから蓉司の気持ちはわかる。
言葉少なにそれを伝えれば、蓉司は「そっか」と言ってはにかむ。
「……なんか、照れるよな。こういうのって」
「そう、だな」
頷き、蓉司の頭へ手を伸ばす。艶やかな黒髪を掻き混ぜるように撫でた。最初の頃こそ嫌がられたこともあったが、今では撫でられるがままになっている。
「お礼とか、どうすればいいんだろ」
「気にしなくていいだろ」
「そういうわけにも……」
「おまえの姉貴の子供、早く大きくなるといいな」
「いきなり、何だよ」
怪訝な表情をして見つめてくる蓉司に、彼が手に持っている物を指さしながら答える。
「そしたら返せる。お年玉」
「……ああ……そういう意味か」
なるほど、と笑う蓉司はおそらく、まだ赤ん坊の甥を思い出しているのだろう。表情が優しい。
「どんな風に育つんだろ。楽しみだな」
「おまえに、似るんじゃないか」
「俺に? なんで?」
「おまえと姉貴、似てるから」
「前にも言ってたよな、それ。そんなに俺と姉さん、似てるかな……」
似ているも何も、あんなにそっくりな姉弟は他にないのではないか。そう思うくらいには似ているのだが、本人たちはわからないものなのだろうか。
「あ、でも、城沼は返せても、俺は返せないじゃないか」
気付いたらしく、じっと哲雄を見つめてくる。
子供が助けを求めるような視線を向けられるのは、なんだか落ち着かなくなってしまう。
「……今度来る時、菓子でも持ってくれば」
「おばさん、何か好きなお菓子とかあるのか?」
「浅草の、揚げ饅頭。美味い店があって、そこの」
「そっか。じゃ、今度連れてってくれよ。俺じゃわからないし」
「ああ」
正月中は仲見世通りは混み合うに違いない。少し時期をずらしたほうがいいだろう。
そんな話をしている間にも蓉司の頭を撫でていると、肩に頭を預けられた。
「……あんまり撫でられると、眠くなる」
手で口許を隠したのは、欠伸のせいか。語尾が眠さに滲んでいる。
「寝れば。バイトで疲れてんじゃねーの」
「そういうわけにも……」
「気にしないけど」
「…………」
「……崎山?」
不機嫌そうに顔を背けられた理由がわからず、今度は哲雄が困惑した。
背けられたにしては頭を哲雄にもたれさせたままなのは、本気で不機嫌になったわけではないということだろうか。
腕を蓉司の腰のあたりに回し、抱き寄せて脚の間に収める。密着度が高いこの体勢を、哲雄は気に入っていた。冬場はなにより温かいのも良い。
しばらく無言でそうしていると、やがて蓉司が口を開いた。
「……眠りに来てるわけじゃないだろ」
そんなことを気にしているのか。
哲雄は頬を緩める。
「構わねぇよ」
「嫌だ」
「じゃ、何がしてぇの」
訊くと黙り込む。
蓉司の肩のあたりに顎を預け、耳へ吐息を流し込むように囁いてやる。
「……言えねぇようなこと、してぇとか?」
「なっ……! そんなことない!」
「……ふぅん」
否定を聞きながら、セーターの裾から中へと手のひらを差し込む。自分の手のひらより冷たい素肌の感触。
「ちょ……城沼ッ」
「何」
「なに、ってこっちの台詞だろ! 何してるんだよ」
後ろ手を哲雄の脇腹あたりに突っ張らせ、離れようとしているが、引き剥がそうとする力より引き寄せる力の方が強いため、蓉司の思った通りにはならない。
「触ってるんだけど」
「どこ触ってるんだよ……!」
「胸」
「答えなくていいッ、離せよ!」
「……触られるのは嫌か? 俺に」
「! そ……そういうこと言ってるんじゃ……」
抵抗が大人しくなる。
「嫌か?」
「……、……」
言葉に詰まる気配。しばらく何もせずにいると、胸元へ触れていた手に爪を立てられた。痛くは、ない。
「……狡いだろ……そういう風に訊くの……」
ともすれば聞き漏らしそうな声。だが確かに哲雄の耳に届いた。
何がどうずるいのかはわからないが、自分に触られるのが嫌ではないのならば良い。
手のひらを、蓉司の白い肌を余すことなく触るように移動させる。
自分たちは互いにお年玉を送り合うことはないが、いっそこれがお年玉の代わりにならないだろうか。
――なるはずがない。
口許を薄い笑みに緩ませながら、蓉司の首筋を食んだ。