足早にその場を立ち去り、恥かしさと若干の怒りを抱いたまま廊下を進み、いくつかの角を曲がって――ボロミアはふと、その足を止めた。そうしてあたりをゆっくり見回し、呆然と、そして途方にくれた子供のような表情で高い天井を見上げ呟いた。
「…どこだ、ここは…」
細部に至るまでの細かい装飾ですら、何の慰めにも導きにもならなかった。
その後、長いような短いような――いや長い彷徨いの末、ようやくボロミアはあてがわれた部屋へと戻る事が出来た。
肺の奥から溜息を吐き、やや乱暴に衣服を脱いでいくのは先程の出来事を思い出したくないのに思い出しているからだ。
エルフ風の白い夜着に着替え、ベッドに腰を下ろす。サイドテーブルに置いてあった水差しから水を飲むと、気分は少しばかり落ち着いた。
(あの男…)
考えないようにしても考えないようにしても考えてしまうので、いっそ開き直って考える事にしてしまった。
年齢は、自分と変わらないくらいに思えた。柱の影に佇んでいたので、階段を上がって来た時には気付かなかった。それと、あの黒ずくめの野伏らしい服装も気付きにくくさせた要因の一つだ。
と思いたかったが、実は違うと思う。
野伏にしても、見事な気配の殺し方だった。あの視線を捕えるまで、まったくその存在に気付かせなかったのだから。仮にも百戦錬磨のゴンドールの大将が。
(くそ…!)
身を隠す穴があるなら、入って姿を隠したかった。
不覚をとったこともだが、あまりに無防備な所を見られてしまった事が気恥ずかしく、また苛立たしかった。そして何より、名前も知らぬ野伏に侮られたのではないかという恐れが、ボロミアの心中にあった。栄えあるゴンドールの将が、一介の野伏風情に侮られるなど、あってはならぬことだったから。
再び溜息し、柔らかなベッドに横になった。柔らかな寝台は長旅に疲れた体を優しく包んでくれる。
自分が持ってきた難題は、きっと明日の会談で解けるのだろう。…気にはなるが、考えても自分で解けるはずもない。
思い悩む事が、本来のボロミアの気質から考えれば多いような気がしたが、ともあれ眠ることにした。
明日は館の主が会談を開くという。その場には各種族の代表が折りよく集まったので出席するらしい。ならば人間代表の自分がもし眠そうな顔をチラリとでもしたなら、それは今宵以上の失態になろう。それは避けねばならぬ。
目蓋を閉じてもなかなか寝付けないのはわかっていた。仕方なくゴンドールで昔から伝えられているように、羊の数を頭の中で数えだした。そしてその数が冥王が打ち破られた年と同数になった頃、ようやく意識は眠りの神の御手に委ねられる事になったのだった。