「こんなところにいたのか」
声に振り向けば、見慣れた男の姿。シャンクスはふと口許に笑みを刷き、鷹揚に右手を振る。
「……迎えにしては遅かったな」
お楽しみは全部終わったぞと言いながら、腰掛けていた石壁の一部から立ち上がる。ベックマンは銜えた煙草を上下させ、「そりゃすまなかった」
「何しろこっちはこっちでお楽しみがあったからな」
「手間取ったのか」
「いや、単に人数が多かっただけだ。こっちに死人も出なかったし」
「歯ごたえのない連中と思わねェか?」
死人は出ないのが良いが、おれが相手にするには手応えがなさすぎる――
敵に対して怒っているというより、嘆いている。足元に転がっている物言わぬ肉塊が握った戦斧を蹴ったシャンクスは、どこか拗ねているようでもあった。
「奴らはそうは思わなかったんだろう」
あんたに向かって行ったくらいなんだから。
地面を血で汚した骸の数をざっと目算し、「それでも少ないとは思うが」と付け足した。
「あんたと闘りてェなら軍艦じゃねェとな……」
「人数がいりゃいいってもんでもねェよ」
実際、今日の連中にしても数だけは多かった。
「覚悟がねェとな……」
「鷹の目みたいな奴がそうそういられても困る」
「ありゃ特別だ。あれが束になってかかってきたら、流石におれもやばい」
「あんたでもそう思うのか」
「まァな」
軽い調子で肩を竦め、口許だけで笑う。その表情では、とても真実味がない。――ふたりの激闘を見ていなければ、とても。
「大陸ひとつくらい……」
「ん?」
問い返しに、ベックマンは紫煙を吐きながら笑う。
「消滅するんじゃねェか?」
「そりゃ大袈裟だ」
仲間のもとへと歩き出しながら、ふたりは笑い続ける。
「ま、せいぜい小島だろう」
それでも充分だ。
今でも左腕があったなら。まだ、鷹の目との決着は真の意味ではついていないだろう。
そうして、様々な人の記憶に、赤髪と鷹の目との決闘は語り継がれたに違いない。今でも語られてはいるが、広い世界ではなかった。
そうして、現在より高額の賞金首になったのだろうか。
「……あんまり変わらねェな……」
「何がだ?」
「腕があってもなくても、あんたが高額の賞金首ってところ」
「払う気はねェんじゃねェか?」
高額の賞金首を狩れば、単純に感謝されて賞金を貰えるだけでは済まされない。海賊狩りとして生きるならまだ良い。だが、ミイラ取りがミイラになったら――事実その例はある。
政府に密かに監視される恐れもあるだろう。それに気付くか否か、気付いた後でどうするか。人生が別れるポイントになるかもしれない。
「ま、それ以上に、他の仲間や頭、それに他所の海賊団も黙っちゃいねェだろうさ」
一気に海賊団の英雄になれる。あるいは「あの海賊を討ち取った奴を討ち取った」と、名を上げる機会にもなる。
「それにどんな意味があろうと、討ち取られたらそこでオシマイだもんなァ」
「せいぜいそうならないようにしてくれよ」
「おまえらも、仇討ちなんかに血眼になるなよ」
「…………難しいことを言う」
紫煙を吐き出すと短くなった煙草を捨て、新たな煙草を銜える。シャンクスは難しい顔をしているベックマンをちらりと横目で見ると、楽しそうに笑った。港からの風で外套がひらりと翻る。
「ま、簡単にやられはしねェから。世界を皆で見届けてやろう」
そっちのほうが楽しい。
ベックマンは同意の意味で頷き、シャンクスに悟られないよう、小さく溜息を吐いた。