ぶらりと寄った港町。
寄港を決めたのは船長の気紛れ。とはいえ本来の目的地までの航路に外れるからと異議を唱える者はひとりもおらず、暇をもてあまし気味だった船員たちはかえって喜んだ。航海士の苦笑と副船長の溜息だけが良識人の最後の抵抗というところか。
交易で繁栄しているその町に着いたのは十日前。
敬愛なる船長どのと待ち合わせたのは本日十六時。現在時刻は十六時半。
待ち合わせの時計台の下、十六時五分前からここにきていた律儀な性格の男はやれやれと、短くなった煙草をブーツの踵で踏み消した。
あまりにも予想通り、のことではあるが、予想していたからといって腹が立たないわけではない。…諦めは多分にあるけれども。
(…今度は何に引っ掛かっているのやら…)
溜息混じりに紫煙を吐く。と、ズボンのポケットに入れていた子電伝虫が鳴った。これは港に着いた時に緊急連絡用として幹部に支給されたものである。
どうした?と出るより先に、
『副船長ォ―――』
と聞き覚えのある声。えらくのんびりした調子に気が抜け、怒る気も失せる(もともと怒る気自体なかったのでは、という意見に関しては却下する)。
溜息混じりにどこにいる?と聞けば、
『それがさ――、どこにいるのかさっぱりわかんねェんだよな――』
つまり迷子か、と声には出さずに諦めた溜息をつく。
わかっていたのだ。シャンクスが待ち合わせ通りの時間帯に来ないということは。いつもいつもいつもいつもいつもそうなのだから。というか、待ち合わせ時間ちょうどに来たことがあっただろうか(反語)。
シャンクスが待ち合わせ時間に遅れることがわかっているなら、自分も少々遅れてきてもよさそうなものだが、それでもやっぱり定時には待ち合わせ場所に来ているところがこの男の性格といえた。血液型はおそらくA型だろう。
肺胞の隅々まで行き渡るように吸った紫煙を吐き出して、長くなった灰を落とす。原形を留めず、灰は風に攫われた。
「………まわりにはどんな店がある?」
『まわり?んっと…大きな雑貨屋と”ファニーファインド”って洋服屋と、”小麦屋”ってパン屋が目に付いたけど』
シャンクスが言った店の名前から、正確にこの町の地図を頭に描く。
「…あんたそりゃ…激しく場所が違うじゃねェか」
時計台は街の西側、シャンクスがいるのはおそらく街の北のはずれ。何をどう間違えればそんな所に行くのか。
『やっぱ違うか』
悪びれない声に、彼に聞こえないように小さく溜息。
「…この町に着いた時にこっちに連れてきただろうが…」
『んー、うっすらとは覚えてたんだぜ?でもさ、時計台行った後に酒場に行っただろ?時計台からちょっと離れたところにある酒場。そこは覚えてらからたどりつけたんだけどなー。その前を覚えてなかったみてェ』
「………………」
『電話口で溜息つくなよ!オレに失礼だろッ』
「…っとに…いいか、シャンクス。そこを動くんじゃねェぞ?」
『あ、迎えに来てくれんのか?』
嬉しそうな声に、思わず苦笑する。迎えにいくのは副船長が甘いのではなく、これ以上船長をうろつかせると目立つことこの上ないだろうと思われ、かつ余計な面倒事が望まずともやってきそうだと想像できたからなのだが。
シャンクスにはそれらはどうでもいいことで、迎えに来てもらえる事の方が嬉しかったらしい。まるで子供だ。…いや、子供より厄介な人だから、子供に例えると子供に失礼か。
「電話口で誘導するより俺が行った方が早い。目立たねェところでおとなしくしておけ。カフェが近くにあるだろう。そこに入って待ってろ」
『はァい。……なあ、副ちゃん?』
「ん?なんだ?」
『早く来てくれな?』
淋しいからなどという可愛い理由ではなく、待っている間が暇だから早く来い、と。そういう理由だとわかっている副船長は短く返事を返す間にも煙草をもみ消して今向かっていると答え、船長がいるであろう場所へ足を向けていた。歩む足は待つ人のことを思えば自然に早くなる。
ハテサテ、アノ人は自分が着くまで本当に大人しくしているだろうか。
麦わら帽子と帽子に隠された赤い赤い髪を思い描き、厄介事に愛されてるからなぁと過去の経験を思い出す。おかげで退屈したことはないけれど、とは、彼の前では口が裂けても言えない。