夜風

 だらしなくシャツを羽織っただけのままで、彼はメインマストの上――つまり見張り台に、俺といた。
 夜なのだから、来るなら来るで何か着て来いという俺の再三の注意は、ことごとく無視されている。
「お前がいるからいいんだ」
 理由になってない言葉で笑う。そうすると俺はもう反論できない。
「……見張りで俺はいるんだが」
「知ってるよ。だから来たんだろう」
 一人じゃ、淋しいと思って。
 気遣うような言葉を言うが、実は違うということくらい知っている。
 その証拠に、俺の左肩に凭れて来た。
「もうコートなんか着てるのか」
「夜だからな。…寒いなら自分のを持ってきたらどうだ」
「面倒」
「……風邪を引いても知らんぞ」
「優秀な副船長さんと一緒にいて、どうしてオレが風邪を引くんだ」
 俺を見上げる目が、悪童色に輝いている。この船長は本当に、ロクな頼みごとをしてこない。
 紫煙色の溜息をつくと、彼は勝手に俺のコートの前を開け、俺の胸に冷たい背を押し付けてくる。
「ははは! やっぱ、暖けェな!」
 わかっているならコートを着ろ。聞こえていないはずはないのに、彼は無視をして海風に微笑む。紅い髪が、さらさらと揺らされる。

 月光の蒼に染まっても、俺を欲情させる色だと思った。
>>> go back