I don't mind, If you forget me.

15

 海から再び町へ意気揚揚と戻った後、町で一軒しかない飲み屋を借り切って、赤髪海賊団は宴を開いた。戦勝祝いとシャンクス復活祝いである。朝なので当然飲み屋は開いていなかったが、無理を言って開けてもらい、夜まで乱痴気騒ぎである。今までの彼らの鬱屈を思えば、無理からぬ箍の外れようだった。
 どこにそんな金があるのかとベンは呆れたが、それにはルゥが得意げに肉を齧りながら答えてくれた。
「そりゃあ、ある所から頂いたさ。海賊だからな!」
「……道理で戦いの間、姿を見なかったわけだ」
 呆れながらも納得すると、では会計の心配は要らないなと香りの強いアルコールを口にする。
 それにしても――ベンは店内を見回すと苦笑した。既に皆限界以上のアルコールを摂取しており、大半は潰れている。だが復活の早い者はまた酒を飲み、テンションは落ちることを知らぬようだった。
 輪の中心には、シャンクスがいる。
 それだけで皆が浮かれている。船内に不穏な動きもあったようだが、それも彼の復活を目の当たりにして払拭されてしまっただろう。やはりシャンクスの存在は大きい。行方不明になった時から考えれば二ヶ月以上、皆良く我慢したものだ。
 それを考えれば今日の騒ぎなど可愛いものだ。ベン自身、町へ行く自分を追ってきた彼を見た時は驚愕したし信じられない気持ちが強かったが、戦闘を見て安堵したのだ。これこそ『赤髪のシャンクス』だと。自分自身の気持ちと照らし合わせれば、シャンクスのあの登場の仕方は正しかった。誰よりも仲間に強く『赤髪の復活』をアピールできたのだから。
 さて、あの騒ぎの中心にいる男は、仲間たちの思いをどのように受け止めているのか。
 ベンは席を立つと銜え煙草のまま、こそりと店を出た。仲間を笑えぬ程度に酒を過ごした自覚がある。悪酔いもなく気分は良いが、少し外の風に当たりたかった。
 
 夜気は心地よく、風は潮を含んでややべたついていたがベンには甘く感じられた。煙草は宴の間に二箱以上吸っていたが、苦味の勝る吸い口も今宵ばかりは甘露に思える。珍しいことに、上機嫌に任せて鼻歌まで歌っていた。
「ずいぶん機嫌が良いじゃねェか」
 後ろからの声に振り返るとシャンクスが立っていた。彼は仲間たちから次々と酒を注がれ、相当の酒を飲んだはずだが酔っ払いには見えない。一度潰れて復活したのが良かったのだろうか。
「俺だけじゃねェ。皆そうさ」
 またあんたと船に乗れるのが嬉しいんだ。
 ベンの言葉にシャンクスはにやりと笑う。
「ま、そりゃそうだろうな。二ヶ月か? 前に海軍とやりあってから。ずいぶん宴を待たせちまったしな」
 肩を竦め、ベンの隣に並ぶ。
 じっと深海色の瞳が見上げてくるのが少々気恥ずかしい。「なんだ?」と照れを誤魔化すように煙草を吸うと、今度は悪戯小僧のようにシャンクスは笑った。
「やっぱり、似てたんだなと思って」
「似てた?――レンブラントと?」
「そう。顔の作りもだけど……瞳の色が、な。同じ色してるんだ」
「…………」
「ああ、そんな顔すんな。単なる思い出話さ」
 背を叩いてくるシャンクスは、すっかり以前の通りだ。数日前までの幼さなど、影すら窺えない。振り返ると夢だったのだろうかとも思う。しかしあの日々は確かに存在したのだ。
 ――思い出。
 単語につられて、ベンはまた思い出した。
「仲間になった時、言われたな」
「うん?」
「『よくもオレを苦しませてくれたな』……あれは、この目のせいだったんだろう?」
 シャンクスはきょとんとした後、滲むように苦笑した。
「――覚えてたのか」
「あんた、この前眠ってる時にも言っただろう」
「おまえ、無駄に記憶力あるからなあ……思い出したって本当だったのか。ちょっとは忘れてくれててもいいのに」
「何言ってる。俺が忘れてたせいでふて腐れてたのは誰だ」
 シャンクスの痛い所を突いたらしい。黙って苦笑してしまった。「そういえば、」煙草をもみ消し、話を変えてやる。
「レンブラントのことも、思い出したのか」
「ああ。……オレが殺したと、ずっと思ってたよ」
 人間って案外、重要なことを忘れちまうんだな。
 独語じみた呟きに、ベンは軽く頷いた。重要なことというよりは、きっと彼の手に余る重い記憶なのだろうと思ったが、言わずにおいた。思い出して、また帰ってこれたのだからもういい。大事なのは過去の追及ではない。
「ベン」
 呼ばれ、彼を振り向く。名を正しく呼ばれるのはずいぶん久しぶりのことで、らしくなく高揚した。シャンクスは真摯な表情をしている。
「ありがとうな」
「――俺は役に立ってねェ」
「何言ってやがる。おまえのおかげだ。おまえがいたからこそオレはオレでいられた。これからもだ」
 ベンの腕を取ると、シャンクスは歩き出す。店とは逆の方向だった。にわかのことに困惑する。
「シャンクス、店は向こうだぞ」
「わかってる」
「どこに行こうってんだ?」
 主役がいなくては宴も盛り上がるまい。たとえ今までも充分盛り上がっていたとしても。シャンクスは通りの左右の店を見た後、行く手を定めたのか迷わずそちらへ向かっていた。腕を取られているベンは結局、逆らわずについて行った。
「二ヶ月ぶりだぞ? いや、三ヶ月か? どっちでもいい、ずいぶん長かったには変わりねェよ」
 シャンクスが向かおうとしているのが簡易宿だと気付いた。
「おまえが外に出たのは、てっきりオレを誘ってるんだとばかり思った」
「あんた……疲れてる上に酒を飲んでるだろ」
「だからだよ」
 金を払い鍵を受け取り、部屋へと上がる。安宿に見合いのベッドはやはり安っぽい。シーツだけが清潔そうなのが救いだろうか。
 ベッドに縺れ込むように倒れると、切なそうにスプリングが軋んだ。深海色の瞳が艶を増してベンを捕らえる。
「――こんなイイ気分の時にやらずに、いつやるんだ?」
 
 
 
 久しぶりの肢体は、覚えているより細く感じた。
 食らいつくように口付け、口内を滅茶苦茶に弄る。鼻にかかった吐息が苦しげなのに気付いたが、構わず蹂躙した。髪に絡んだシャンクスの指に、力が篭められる。まるでセックスを覚えたての子供のようだと思ったが、苦笑が浮かぶ余裕すらなかった。
 指を滑らせ、腰のあたりを撫でた後、肌が剥き出しになった膝裏や内股を辿る。首を支えてやっていた手は、耳に触れて首筋、胸へと落ちる。肌の色と異なる乳首を指先で弾いた。体がびくりと震える。
 既に一度達した体は、愛撫にずいぶん敏感になっているようだった。いや、今日は初めから敏感だった。シャンクスはそれを隠そうともせず、ベンを煽る材料にする。
 口付けを解くと、シャンクスは溺れかけた者のように酸素を求めて喘ぐ。欲を隠さぬ深い色のをした双眸は、いっそう濡れてベンを見つめた。
「知らなかった……」
「何が……?」
 再び性器に触れ、擦り上げてやる。息を詰め、シャンクスは首を振って快感を逃そうとする。その媚態に、ベンは知らぬうちに息を飲んだ。
「おまえ、でも……がっつくこと、あるんだな……」
 息はあがっているくせに、口元だけは笑っている。まだ余裕があると言わんばかりだ。しかしそれも際どい所だと、ベンは見極めていた。
「あんただって、そうだろ……?」
 シャンクスが何かを言うより早く彼の性器を咥え、口内で締め付けてやる。一際高く鳴くと、シャンクスは四肢を強張らせて達した。
「その割に……入れてこねェじゃねェか」
 シーツに体を投げ出したまま、ベンを見上げる。ベンは苦笑し、息を整えているシャンクスの頭を撫でた。
「久しぶりだろ。……あんたの体が辛くなる」
「ばァか。気にするか。何、遠慮してやがるんだ……」
 二ヵ月分やるんだろと、笑みを寄越す。
 シャンクスがその気なら応じてやるだけだ。今度はベンが不敵に笑った。
「……変な感じがするな」
「なに、が……?」
「あんた、髭がないだろう?」
 吐息すると、ベンはシャンクスの後ろを弄った。シャンクスの腕がベンを引き寄せる。
「……ああ」
 記憶がない間、子供だったシャンクスが嫌がって剃り落としてしまったのだ。眠っている間も習慣で船医が剃ってやっていたらしい。元来体毛が濃くないほうだったので、一日や二日では生え揃わない。
 ベンはシャンクスの口の周りを親指で撫でると、軽く口付けた。後ろに這わせていた指を、ゆっくり埋め込む。息を吐き、力を抜こうとしているシャンクスの首筋あたりに顔を埋めた。
「出遭った頃みたいだ」
「馬鹿やろ……!」
 変なことを言うなと抗議は最後まで言わさず、後ろを慣らす指の動きで阻んでやった。
「む、かしのほうが……良かった、とか思ってたら、蹴るぞ……!」
「この状態で言うか?」
 喉の奥で笑うと指を曲げ、中の性感帯を刺激してやる。しがみつく力が強まった。指を増やし、時間をかけて慣らす。久々なので時間はかかったが、シャンクスが急かすのとベン自身の自制がぎりぎりだったこともあり、指を引き抜くとすぐに挿入した。
 せめて体の負担が減るように背後からの挿入にしてやったが、その努力も無駄になるかもしれない。抑えがたい衝動に突き動かされていた。背に覆い被さり、強く抱きしめる。ちょっとやそっとでは折れない体でよかったと思う。
「――今のあんたのほうが、良い」
 おかえり。
「ベ、ン……ッ?」
 囁きを聞き逃したのだろう。シャンクスは聞き返そうとしたが、ベンは許さなかった。肩甲骨に口付けると右腕で抱きしめたまま、やおら腰を揺らした。
「……、ベック……ッもっと、よこせ……!」
 望まれるがままに動きを激しくする。理性は必要ない。
 シーツを掴むシャンクスの指が震える。かすれた喘ぎをベッドは吸収しきれず、室内に零れては響いた。
 情交は互いの想いの深さを示すように果てず、シャンクスが意識を手放すまで何度も繰り返された。
 
 
 
 
 
 数日後、赤髪海賊団は小さな港町を離れ、また海へ帰っていこうとしていた。
 朝日を前に誰もが次なる冒険に思いを馳せ、船長の号令を待つ。西風はまるで船出を祝してくれているかのように海賊や船に吹いてくれている。
 甲板に立った赤髪はぐるりと見回した後、前方を見つめた。拳を白みゆく天へと突き上げ、声を張り上げる。
「出航!」
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