染色侵蝕感触

 月光に照らされ、染まった蒼は美しい。
 それは、およそ「美」とは縁の遠そうな容貌のこの男にも当てはまる。歪んだガラスの窓から射しこむ月光に照らされた体躯は、冷たいが一級の芸術品のように目を奪う。
 立ち上る煙すら蒼に染められ、水底にいるかのような錯覚をもたらす。情事の後の気怠い空気が部屋に蟠っているが、それすら男を飾る。
 肩や上腕に刻まれた戦歴の証はなだらかな筋肉のラインを損なっていたが、男の価値を損ないはしない。むしろ海賊としての価値を高めているだろう。
 手を伸ばし、腰のあたりに指先を触れさせる。煙草を灰皿に押しつけながら、振り返ってくれた。
「……なんだ?」
「もう一回……」
 皆まで言わぬ誘いに男は口元を綻ばせた。甘い微笑は自分を甘やかしてくれるものだと知っている。
 先程この躯を翻弄していた指が、髪を撫でる。血の色にも例えられるこの髪も、蒼に染まっているだろうか?
「寝るんじゃなかったのか?」
「気が変わった」
 囁きで構成された会話は、行為の再開を予感させ、気持ちを昂ぶらせる。
 背を曲げた男の頭を片腕で引き寄せ、上唇を舐めてやった。腕がもう一本あったらこいつの躯に触れてやれるのに。隻腕だと、こんな時少しだけ不便だ。
 一本きりの腕で男の背を撫で、頭を更に引き寄せて耳や首に口付ける。大きな手が、胸を撫でた。
 喉の奥で笑っているようだったが、今は不問にする。膚に触れてくれる感触が心地良いからだ。
 首筋に、暖かい柔らかな濡れたものが這う。首を竦ませてしまったが、嫌いじゃない。
 もっと触っていいから、
 オレの色に染まりなよ。
 そしてオレに溺れるといい。

 前言を覆した衝動の理由は、問われても教えてなんかやらない。
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