約束の旗

「大海賊って割にゃあ品行方正だよなあ?」
 海賊にしちゃ、珍しいんじゃねぇか。それとも相変わらずピースメイン気取りで海軍の機嫌でも窺ってやがるのか?
 そんな言葉を吐いて寄越した男は叩っ斬られ、海へと落ちた。
「しかしわかんねぇ男だな、あんた」
 ヘッドボードへ上体をずらし、煙草に火を点ける。闇に男の姿がぼんやり浮かんだ。
 隣で仰向きに転がっていたシャンクスは、
「何がだ?」
 訊き返し、男の腹筋へ左耳を敷いて見上げた。男の節くれた長い指がが汗で張りついた前髪を払ってくれる。指先は堅いが嫌いではないのは男の触れ方が好きだからか。
 紫煙を吐くと、男は微笑して目を細めた。
「あんな男の言葉に怒るとは思わなかった」
「あんな男?……ああ、昼のヤツか」
 別に怒ったわけじゃねぇよと言い訳する表情はまるで子供だ。三十もとうに越した男のする顔ではないが、そこは何も言わず髪を梳いた。
「じゃあ、何だ?」
「……おまえらには聞こえなかったと思うけど、」
 あの野郎はルフィを馬鹿にしやがった。
「許せるわけねぇだろう?」
 穏やかな笑みはしかし、台詞以上に剣呑だ。
 ベックマンは小さく頷いた。この男が小さな友人を大切にしていることは、誰より知っている。
 不意に沸いた好奇心は沈められた男と似ていたが、まったく異なるものだ。
「あんたが大海賊で在る理由は何だ?」
「アン? 薮から棒だな。何だそりゃ」
 でもそれ、質問自体がオカシイな。
 喉を鳴らしてシャンクスが嗤う。何が、とベックマンが問うと、シャンクスは彼の頬を撫でた。
「オレは別に『大海賊』になろうと思ってなったわけじゃねぇよ」
 夢は今も昔も変わらない。世界をこの目で見て回ること。何もかもを見て回らねば、航海は終わらない。
「オレは欲張りだから。なんもかも全部見てやらなきゃ、気が済まねぇんだよ」
 ベックマンの顔を引き寄せると、悪戯な顔で微笑む。唇を掠めると「それにさ、」囁いた。
「ルフィは、オレを目指して来るんだぜ? 会った時、おまえなんかまだまだだ! って言ってやりたいしな」
 自分が海賊王になるより、海賊王になる男の軌跡を見るのが良いのだと言い切る。
「……きっと、ルフィの中であんたは変わってないんだろうな」
 心に深く突き刺された『赤髪』。それはシャンクス自身でもあっただろうし、海賊旗だったかもしれない。
「ルフィは来るよ。迷わず、あんたを目指して」
 運命を呪ったことは?
 口をついて出た問いが愚問だとわかっていた。
「運命? 何の?」
「腕を失ったのが、ルフィを海賊王にさせるための運命だとしたら?」
 ベックマンの期待通り、シャンクスは笑った。
「運命なんかのせいにしてやるつもりはねぇよ。全部オレが選んで歩いた道だ」
 遠い日の約束の成就を疑わぬ男は、ベックマンを引き寄せて口付けた。
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