「ルフィ、生地を混ぜて」
「はぁい」
素直に返事をするとボウルとしゃもじを渡され、神妙に受け取って脚の間に挟んで零れないように掻き混ぜ始める。
「ダマがなくなったら呼んでくれ」
「わかった」
縦に横に生地を刻みながら、丁寧に小麦粉と卵の黄身を慣らしていく。
傍から見れば、和やかな調理風景に見えただろう。……例え、そこに男しかいなくても。
向こうのテーブルでは、「おわッ!!」と声があがった。ガガガガガとガラスのボウルが悲鳴をあげる。
「シャーンクス。ミキサーを持ち上げすぎるなと言っただろう」
「いや、そうだけど…ベック、布巾取って」
「それ以上撒き散らすなよ」
肩を大袈裟に竦めて布巾を渡してやると、シャンクスはばつの悪そうな表情をしてから飛び散った卵白を拭った。製菓に励む全員にエプロンを付けさせたのはベックマンだったが、賢明な判断だと言えた。
シャンクスの隣でケーキの型にバターを塗っていたエースが鼻で嗤う。
「なっさけねェなァ。そんなことも出来ねェのかよ、オヤジ」
「オヤジ?!」
ルフィの言葉に目を剥いて驚いたのはシャンクスと、エースだった。
「うん。エースはそう呼んでた」
「オヤジ! よりにもよりに、こんなのがオヤジかよ! 絶対ェ嫌だ。ネガイサゲだね」
エースの言葉に、シャンクスがムキになって反論する。抱えた紙袋の中身が、がちゃがちゃと賑やかな音を立てた。
「オレだってこんな可愛くねェ息子なんざいらねェよ。この年で二人の子持ちなんざ絶対ゴメンだ!」
「……俺は、男二人の所帯というのが一番嫌だがな…」
ぼそりとベックマンが呟いた言葉は、大人気ない二人の喧嘩で聞こえることはなかった。
「でね、副船長」
サッシュを引いてきた子供に合わせて、腰を少し屈めて歩き「なんだ?」と問い返す。
「結局ケーキは焼けたんだけどね」
「食べられたか?」
「うん! 副船長が『ルフィの生地の混ぜ方が上手かったんだな』って褒めてくれたよ」
だから今度作ろうね。
無邪気に誘われて、さすがのベックマンも答えに窮した。
海賊に製菓。
これほど似合わない組み合わせがあるだろうか。それに、どうせ作るならマキノさんと作った方が断然いいと思うのだが。
ベックマンの内心など知らず、ルフィは大きな紙袋を抱えたまま是の答えを期待している。
誰かに似ている目だ。
そして逆らえない自分に苦笑しか出ない。
「……ああ、今度な」
頭を撫でてやると、「やった!」と飛び跳ねて喜んでくれる。心から喜ぶ笑顔に「まぁそれも悪くないか」と納得してしまえるのだから恐しい。
隣では相変わらず、エースとシャンクスが同レベルの喧嘩を繰り広げていた。