広い大学の構内。
研究棟の一室は、二十二時を過ぎても明かりがついていた。苛立たしげにキィボードを叩く音が「あー、もう!」と投げやりな声とともに止む。
「やっぱダメだ! どー考えても、上手くいかねェッ」
大きく溜息をつき、立ち上がって背伸びする。首を回すとパキパキと音がした。
明日、いや今晩帰ってからでもメールでヤソップとルゥに、若干のプログラム修正とデザイン変更を言わなくちゃ、と思いながらソファにどっかり座り、壁時計を見上げる。時刻は二十二時を大幅に回った頃だった。
どうりでお腹が空くわけだ、と空腹を訴える腹を撫でてやると、大きなバッグを漁り始める。昼は、確かプレゼン先の企業で普通に食べた。それからずっと何も食べずに、大学に帰ってきてからはパソコンにかじりついたままだ。
大きなバッグの中は、普段ならお菓子が必ず入っているのだが、今日は不幸にも腹に溜まるような物は何も入っておらず、目ぼしいものはカロリーメイトとペットボトルのお茶だけだった。仕方なく、カロリーメイトと中国緑茶で胃を騙すことにした。
いつになったら試作品を作れるかねェとひとりごちて、スクリーンセーバーに切り替わったノートパソコンの画面をチラリと見た。
カロリーメイトを二本食べた所で、ドアがノックされた。こんな時間にまだ残ってる奴がいるのか、と自分を棚に上げておざなりに返事を返すと、入ってきたのはシャンクスと同じように白衣を着たベックマンだった。彼もやはり、シャンクスと同じように大学の院生だった。
「やっぱりアンタだったか」
「何。おまえも残ってたのか。課題提出か何か?」
「そんな所だ。あんたは?」
「オレは、来月末のプレゼンのためにね。今日もちょっと行って来たけどさ。ああいうのは肩こるな〜」
肩を揉む仕草をするシャンクスの頭を撫でながら、ベックマンは笑った。
「ああ、それでその格好か」
「そ。着たくてスーツなんて着てるわけじゃねーよ」
ネクタイは緩めていたが、白衣の下はYシャツに背広と揃いのチャコールグレイのズボンだった。普段はTシャツ、もしくはシャツ一枚とジーンズばかり穿くシャンクスにしては、かなり珍しい格好と言えた。
「案外似合ってるじゃねェか」
「当り前だろ、こんなイイ男捕まえて」
「……まぁな」
あーあ、と溜息をついて、背後に立つ男を見上げる。
「きっとおまえなら上手く丸め込んで、順調に行くんだろうな」
「…………」
「褒めてんだよ」
まァ座れ、と自分の隣をあけてベックマンを座らせると、物が雑多に置いてある机に彼が置いた、ビニル袋に興味が湧いた。正確には、ビニル袋の中身に。いい匂いがする、と鼻を近づける。
「何持ってきたんだ?」
「ああ、晩飯だ。どうせあんた、そんなもん食ってる所を見ると、食ってないんだろ? あんたの分もついでに買ってきたから、食おう」
「さぁっすが! 気が利くね!」
弁当を買ってきたベックマンより先に、いそいそとビニル袋の中身を広げる。唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当、生姜焼き弁当、焼肉カルビ弁当、その中から二つ選んで、二人はものすごい速さでそれらを胃に収めた。
ベックマンが買ってきた弁当が自分の好きなものばかりだったと食後に気付き、「ありがとな」と礼を言って口の端にキスし、ついでにそこについていた米粒を舐め取ってやる。ベックマンは笑いながら、離れていく顔を引き寄せ、お返しとばかりにキスを返す。
「弁当、いくらだった?」
「あわせて千円くらいかな?」
「……一週間くらい待ってくれ。今、給料前なんだよ」
他に借りてる分も、まとめて返すからさ、というと、ベックマンは「ああそんなこと」と笑い、シャンクスの紅い前髪をつまむ。
「現物支給でもかまわねェぜ?」
「甘やかすなよ」
耳に口付けられるのにくすぐったそうに笑うが、止めようとはしない。
「甘やかしたくなるんだよ、あんたは」
シャンクスの唇を舐めると、応戦するように舌を出し、ベックマンの舌を舐める。
ベックマンは細い腰に腕を回し、己の脚の上へ横抱きに抱き上げてやると、口付けはより深くなっていく。
吐息が乱れるほどキスを続けていると、シャツの上からベックマンの手に肌を弄られる。固くなりかけた突起を発見されると軽くつままれ、短い声が鼻から漏れた。
手探りでベックマンの白衣のボタンを外し、中に着ていたVネックのシャツをたくし上げ、素肌を弄ってやる。ベックマンの方は、朝方自分が結んでやったタイを解くとシャツのボタンを素早く外し、脇腹から胸を撫でる。そうしてシャンクスが跨ってこようとするのを押し留め、背から抱いてうなじを軽く噛む。
片手で乳首を弄くってやり、スラックスの上から内股や股間を弄る。与えられる刺激はまるでぬるま湯だった。シャンクスはもどかしくて首だけを振り返らせ、ベックマンの耳へ「もっと……」触れ、と熱い吐息で囁く。ベックマンが寛げたスラックスをシャンクスが脱ぎ落としてしまうと、期待を裏切らず、ベックマンの長い指がシャンクスのものに絡んでくる。吐息に色の篭った声を混じらせると、弱い部分に触れられるたびに体は小刻みに震えた。
徐々に開いていくシャンクスの脚を更に開けてやり、肩越しにキスを仕掛ける。左足に引っ掛かったままのスラックス、乱しただけで脱がせていないシャツと白衣、肩にかかったままのネクタイが、煽情的で興奮を増させる。
先走りのぬめりでいっそう擦りやすくなり、指が滑ったフリをして、狭い入り口へ戯れかかる。あっ、と短い声をあげて半身を捩り、ベックマンの白衣へすがった。その耳へ、低音で囁く。
「今入れる? それとも後?」
「い、ま……ッ」
じゃあ慣らせねェとな、と呟いて、入り口の表面を彷徨っていた指がゆっくりとそこへ挿し入れられ、シャンクスは息を吐いた。長く節くれた無骨な指はしかし、信じられぬほど繊細な動きでシャンクスの思考を掻き乱して快楽で満たしていく。
廊下に声が漏れることのないように、となけなしの理性で必死に歯を食いしばる。
ベックマンの指がシャンクスの内壁をやわらげ、ほぐしていく。充分慣らされた所で、指が抜かれた。
「シャンクス」
名を呼ばれて振り向くと、口付けに迎えられた。ベックマンの唇を舐めると、頬から顎のラインへ口付け、耳朶を咥える。そして後ろ手にベックマンのズボンを寛げると、中へ指を這わせた。取り出して撫でる。
「性急だな」
「早くしねェと…萎えるだろ」
「そりゃ困る」
小さく笑ってシャンクスの腰を上げさせて支えると、自分のものに手を添えて、その上へゆっくり腰を落としてやる。シャンクスは詰めた息を吐き出しながら、ベックマンを受け入れていく。
ひんやりとした夜風を受けながら、シャンクスはつないだ手を天へと向けて伸びをした。
「あ――、楽しかった」
「そりゃ何より」
下ろした手をそのまま口元へ持っていき、ベックマンの掌にちゅ、と口付ける。そうして悪童の顔で見上げた。
「家に帰ったら、もう一回しようか?」
「……さっき二回しただろう」
紫煙が深夜の空気に踊りながら蕩けていくのを眺めながら、「そんなこと、」と歩みを止める。
「おまえとずっといて、その気になるなって方が無理ってもんだろ」
屈託なく笑って、つないだ手をぎゅっと握った。