a prescription

 休息のために夜勤詰め部屋に行く。
 午後のこの時間帯は、利用する者はほとんどいないため、ほぼベックマン専用の休憩室と化していた。
 煙草を咥え、ライターで点火しようとして、ふとソファに横たわる物体に気が付いた。誰かと考える必要もない。こんな見事な紅い髪、この病院には一人しかいない。
「……シャンクス……」
 何をしているんだ、という問いへの返事代わりのように、赤毛の医師は寝返りを打って上向いた。
 傍らに立ってその顔を見下ろすと、実に安らかな、というか幸せそうな顔をして眠っているのがわかった。起こすのも忘れて一瞬呆れたが、看護婦達が小児科の入院患者が深夜に発作を起こしたと言っていた。恐らく当直だった彼が処置をしたのだろう。厄介だったと聞いている。
 見下ろした顔は、まるで無防備だった。
 悪戯心をそそられるのは仕方がない――自分にそう言い訳して、腰を屈めた。

 息苦しさを覚えて、シャンクスは目を覚ました――が、とっさに自分の置かれている状況が掴めず、にわかに混乱した。
 口中で何かが蠢いている――それが舌だと気付き、ディープキスをされているのだと気付いた時には、自分に覆い被さっている人間を突き飛ばしていた。相手は悪びれた様子も見せず「起きたか」とのたまってくれる。
「起こしてんじゃねェよ変質者ッ」
「こんな所で寝てる方が悪い」
 肩を竦めた長身の医師は、互いの専門とする科こそ違うものの、同期生だった。現在では紆余曲折の末に恋人同士ということで収まってはいる。が、病院内では一医師同士というスタンスを、互いに崩そうとはしなかった。馴れ合うつもりは互いになく、けじめだと考えている。――それなのにも関らずの接触は、正直、シャンクスにとっては戸惑うばかりだ。
「ふざけんなッ。…てめっ、ボタンまで外すなよ!」
 白衣の中の着衣まで乱されているのに気付き、緩慢な動作でもってかけなおそうとするが、その手を変質者呼ばわりされたベックマンが留めた。
 咎める視線で見上げると、見覚えのあるにこやかさでもって見返された。普段は見せないそのにこやかさに嫌な予感がしたが、ここは職場だと思い直す。
 先に口を開いたのはベックマンだった。
「どこで起きるかと思ったんだが、案外起きねェもんだな」
「人で遊ぶな」
「遊ばなかったらいいのか?」
「屁理屈こねるな。こんな所で本気でヤろうとか考えてんじゃねェよ。余裕ねェわけじゃ、ねェんだろう?」
 手首を掴むベックマンの手を外させると、今度こそシャツのボタンを留め、立ち上がって伸びをした後で、ベックマンに口付けた。
「今夜、予約されといてやるから。イイコでお仕事励みな、ベックマン先生?」
 ニヤリと笑うと、ひらひらと手を振って出て行く。
 ベックマンはそれをドアが閉まるまで見送ってから、思い出したように煙草を取り出して咥え、今度こそ火を点けた。一日が早く終わればいい。そんな風に笑いながら。
>>> go back