今シャンクスがもたれたのは、椅子ではない。椅子より遥かに座り心地がある、男の胸だった。シャンクス自身より広く、厚みもある男の胸。女の胸の中とは違うが、この胸の中でしか得られぬ安らぎがある。それは恐らく、自分がこの男を信頼していて、男の方も信頼に応えてくれているからだ。
夜風がマントの襟と二つ名の赤い髪を揺らす。マストの上部にある見張り台は、もしかしたら甲板よりも風が通っているのかもしれない。日中の蒸し暑さがウソのようだ。
見上げた空は快晴。満天の星が、そこにはあった。
男が小動物を撫でるようにシャンクスの頭を撫でる。子供扱いするなと言いたかったが、それを言うには髪を梳く指が気持ち良すぎた。
「…さっきの話だけどさ」
ふたりの間に横たわる、ぬるま湯のような心地よさの静寂を壊したくはなかったが、好奇心には敵わなかった。喉を仰け反らせ、天空を仰ぐ。数々の宝石を乱雑に散らばらせたように、星々は瞬いていた。
「オリヒメとケンギュウ? だっけ? 年に一度しか会えねェって、なんで?」
「織姫の父親である天帝――天における王様だな――が、仕事そっちのけでイチャつくふたりを見兼ねて、ふたりを別居させたんだ。そしてふたりが会えるのを年一回、七月七日にした。…大雑把に言うとこんな所か」
シャンクスに合わせ、ベックマンも小声で答えた。雰囲気を壊したくないのはお互い様らしい。
「そんで、そのふたりはその親の言いつけに従ってるわけ?」
「まぁ、そういうことだな…」
「へーえ…」
含む所がありそうな言い方に「どうした?」と問うと、シャンクスは振り返ってベックマンを見つめた。
「オマエだったらさ、どうする?」
「…何がだ?」
訝しく首を傾げると、鎖骨のあたりに頭を凭れかけさせるようにして少しだけ上向き、ベックマンが吐く紫煙が闇に溶けるのを観ながらほとんど囁くような声で言った。
「誰かに、オレと引き離されたらさ。そんで、年一回しか会えないとか言われたら、どーする?」
「…そんなの、決まってるだろう」
「何?」
「…言わなくてもわかってるだろう」
「聞きたいんだよ」
甘えるように言って、首筋に口付けてくるのに苦笑する。長い灰が風に攫われて粉々になったのを見送りながら苦笑した。シャンクスの顎を捕え、一度しか言わねェからな、と耳元に唇を寄せる。
「――俺は、アンタが決定したこと以外を受け入れるつもりはない」
真摯な答えを聞いて、シャンクスは口許を綻ばせた。
「へェ…一途だね」
「お陰様でね」
「だからって盲目にはなるなよ?」
「何年一緒にいると思ってる?」
「…まぁ、そうだけど」
ベックマンが短くなった煙草を消すのを目の端に留めると、シャンクスは苦い味のする唇を舐めた。胸元を撫でる大きな手は、冷えた皮膚に体温を取り戻させようとしているようだった。
「……オレ、オリヒメとかケンギュウじゃなくて、良かった」
「何故?」
「年一回しか好きな奴と会えねェってのに、大勢の人間の願い事なんて、叶えてらんねェだろ…?」
そんなことしてる暇あったら、オレは好きな奴とコウイウコトするよ。
緩やかに皮膚を這う手の感触に敏感な反応を返しながら、シャンクスは後ろ手でベックマンの頭を撫で、口付けた。それを誘い文句だと受け取り、口付けながらベックマンはシャンクスの飾り帯を解く。
外でヤルのも偶にはイイな、と笑うシャンクスの唇を貪りながら、片手で器用に寛げたズボンの中へ侵入した。