世の船々、商船や海軍に規律があるように、海賊船にも海賊なりの規律がある。それは赤髪海賊団でも同様だ。
たとえば、天使の小窓(ようするにトイレ)の使い方。
たとえば、火薬の取り扱い方。
たとえば、食事の順序。
それらは大概、幹部が決めたものだったり船員の多数決で決められた事だったりするのだが、一風変わった所で、船医が決めた規則というものもあった。たいてい衛生面での決まり事が主だったが、中には男所帯ならではの規則もあった。
「おーう、野郎ども――! 整列しやがれ―――!」
手隙の者を全員甲板に集めたのは赤髪海賊団の船医・ギーフォルディアだった。背後に医療班を従え、腰に片手を当てて堂々と船員達の前に立つ。
「今から配るからな! 名前呼ばれたら取りに来いよ!」
左手に持ったリストから次々と船員の名前を呼んで行くと、呼ばれた船員が順々に前に出てきて、医療班から白い小さな紙袋を受け取る。
「数にゃ限りがあるんだからな! しっかり頭使って使えよ!」
小さな紙袋を受け取ると、雰囲気は何やら「通信簿を受け取った後の小学生」の様相を呈する。妙な盛り上がりを見せる船員達をそれぞれ所定の位置に散らしながら、最後には幹部がそれぞれ受け取った。ちなみに幹部の分はギーフォルディアが自ら渡す。
最後に受け取ったのはベックマンだった。
「ベンさん…あんた、ほんっとに数はあれだけでいいのかい?」
声をひそめて真顔で尋ねてくる船医に、やや面食らいながらベックマンは紫煙を吐いた。
「ああ…間違いはないが?」
「…ちょっと増やしておいたからな」
「は…?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔、と、その瞬間を見た者なら評したであろう。だが幸いにして、その瞬間を見た者は船医以外にはいなかった。よりいっそう声を低めて、船医は言う。
「さっき。配る前にお頭が医務室に来てな…申告枚数の倍くらい持ってっちまったんだよ。今回だけじゃねぇ。前回も前々回もだ。しかもいっつも、必ず港に着いて補充する前に追加って言って持ってっちまうんだ。おかげで前回は足りなくって、余ってる船員のを回収するハメになっちまったんだからな…」
「…それは…」
すまない、とも言い難い。ベックマンが謝る事ではないように思えるからだ。だがギーフォルディアの眼光は鋭かった。
「おれは考えた。お頭が山ほど持ってっちまうのをどうすれば防げるかってな。…出た結果がコレだ。文句は言わせねぇぜ、ベンさんよ」
「いや…構わないが、お頭のそれと俺のこれと、どう関係があるんだ?」
「あんたがキチンとゴムの管理してりゃ、お頭が持ってくこともなくなるだろ!…単に若いからヤリたい盛りってのもあるかもしれねぇが、それにしてもゴム消費はお頭が一番なんだ。計画的な買出しにも支障を出さないためにも、頼むぜベンさん。お頭が不満に思ってることを解消させるのがあんたの役割だろ?」
吸い込んだ煙にむせながら、ベックマンは涙混じりの声で「了解」とだけ答えた。