シャツを脱がせてそこここにある擦り傷をいくつも確認して、ベックマンはやれやれと溜息した。これで何度目になるのか、数えるのも馬鹿らしい。言葉を尽くしてこれほど無意味な事があるだろうか。犬でも躾れば言う事を聞くものを、十五年経ってもこの人の行動はちっとも改まったようには思えない。笑えるほど昔と同じだ。野生動物並とでも言おうか。それでもまた同じ事を言ってしまうのは、果たして性分と一言で片付けて良いものか。また溜息して、消毒液に海綿を浸した。
「…同じ事を俺に何度言わせれば気が済むんだ、アンタは」
「じゃ、言わなきゃいいじゃねェかよ」
「そういう問題じゃない」
じゃあどういう問題なんだと口の中でぼやいたのが、もごもごとした口の動きでわかった。腕を滑る海綿がくすぐったいのか、引こうとした腕をしっかり掴んで許さなかった。
ちっとも悪びれた様子もない自船の船長の表情に、副船長は三度めの溜息をした。
わかっている。わかってはいるのだ。シャンクスという人間はこういう人間だと、よぉく、骨身に染みてわかっている。だが、それでも考えてしまうのだ。
――自分はそんなに高望みをしているのだろうか?違うそんなはずはない。
「あんまり考え込むなよ」
考え込ませている原因が、しゃあしゃあと笑う。1本きりの腕で頬を撫で、まっすぐ見つめてくる時にはもう真面目な顔で。
「心配しなくても、オレは死なねェよ。テメエらより先にはな」
そうしてまたフッと笑うのだ。その小憎らしい事!
「…どうしてアンタはそう…」
言いかけて言葉を飲み、絶句した。
どうしてそう、人のツボを突くのか。
これではまるで、これではまるで自分が馬鹿みたいではないか。
ベックマンの気持ちを見透かすように、シャンクスは笑う。嘲るみたいにして。
「コレがオレだ。変えられねェさ」
だからオマエが変われと無茶な事を言ってのけて口付けを仕掛けてくる。
自分が変わればいいだけの話なのだろうかそうなのだろうか。
そんなことでこの言い様のない霧のような漠然とした、でも確かにそこにある不安は消えるのだろうか。晴れるのだろうか。答えは出ない。
いっそこの人みたいになれたらと思わなくもなかったが、そうするとこの船はきっとたちまち恐慌状態に陥るだろうと予測がついたので、その考えはすぐに手放した。船長同様、丼勘定な人間が多すぎるのだ、この船は。
けれどもどうあれ、きっと自分はこの先も彼の身を案じるだろう。そして彼もそのことをきっとわかっているに違いない。ならばこの遣り取りは喜劇なのだなとベックマンは頭の端で思った。自分が真剣に案じれば案じるほど喜劇なのだと。