幾千の虚飾より、
ひとつの真実が胸を撃つ

 目が合う。

 するとあいつは決まって小さく微笑み、その次の瞬間にはまた作業を続ける。
 見詰め合うことは、まずない。
 少なくとも、日中は。


 闇に支配される数瞬前の空の色をした双眸がオレを見つめるのは、やはり夜。ふたりきりの時だけ。

 オレだけを映した瞳は、奥に熱い炎を秘めている。
 その炎が見えるような気がして―――みたくて。
 こんなに誰かの瞳を覗き込むなんてこと、なかった。見たいとも思わなかったから。
 でも、この男は別だ。
 隠している炎が晒される瞬間を見逃したくない。
 そうしてオレは炎を煽り、また煽られる。
 オレを平静でいさせない人間は、そうそういるもんじゃない。けれどコイツは、平静でいさせないばかりか―――気持ちヨくしてくれるのだ。勿論、一方的にというわけじゃあねェが。


 ベンが呼ぶオレの名前に含まれる何かが、眇めた視線の何かが、体を熱くさせる。
 その頃には見つめ合って口付けるだけでは足りなくなっている。この男は。…オレも。
 微笑んでまた互いの舌を貪ると、ベンのサッシュを解いてやる。一瞬遅れて、ヤツもオレのサッシュを解きにかかる。
 逃げても追いかけてくる口付けは、顎が疲れるほど続けられて。最中に薄く目を開けてみたら、ヤツもオレを見ていた。
 何見てるんだよと唇を離すと、ずいぶん蕩けた顔してたぞと返されて殴る。が、手首を掴まれて果たせず、スプリングのきかないベッドに縫いとめられた。笑ってヤツは好きなんだよ。アンタのカオ見るのが、と言う。いっつも見てるだろうがと返すと、目にかかりそうな前髪を優しく払いながら、
「同じ表情してることがないからな、アンタは。くるくる表情が変わるのを見るのもけっこうイイもんだぜ?」
 何しろ俺しか見てねェからな、この時ばかりは。
 余裕っぽく言われると、悪戯心をくすぐられる。
「…わかんねェぞ。こういう時のカオ、見たことあるヤツは他にもいるかも、だぜ?」
「かまいやしねェさ。過去は過去、今は今―――昔のアンタも魅力的には違いねェだろうが、俺は、今のアンタのカオを見ていたいんだ」
「………」
 返す言葉がとっさに見つからない。
 恥かしすぎて。
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