こちらが本気になればなるほどかわされる。いつもそうだ。いつも。
冬に固かった蕾が春には緩やかに綻ぶように穏やかに優しく、心に刻みつけて消えないように鮮やかに微笑して、俺の本気をするりとかわす。いつもそうだ。いつも。
そうして俺だけ本気にさせられているっていうのは…正直、気に食わない。
「そりゃ違うよオマエ」
子供達によく見せる笑い方をしてシャンクスは勢い良くベンのベッドに腰を下ろした。
何が違うのかと思ったのと、小さな子供を諭すような口調に気付いて少しだけムッとしたが、ベンはシャンクスと違って気が短くはないので、黙って吸っている煙草を短くして次の言葉を待った。
僅かにベンの方に身を乗り出して彼が咥えていた煙草を奪い、自分の口に咥えた。
「オレはいつだって本気だぜ? 本気でぶつかってくるヤツには、な?」
「…どういう意味だ」
問う声は幽かに震えていたかもしれない。けれどシャンクスが何も言わなかったので気付かれていないと思う事にした。
彼の顔は直視せず口元から昇る奪われた紫煙を見つめて、ああいっそ俺もこの煙のように大気に溶けてしまえたらいいのに、などと思った。
シャンクスが微笑む。
「わからねェ? そんなわけないだろ、オマエ頭イイんだからさ」
煙を吐いて囁かれる言葉に、今度こそ吐息が震えた。
指先がちりちりする。何故なのかはわからない。
「オレがオマエの事、本気で相手してねェって思うなら、それはオマエの方がオレに本気をぶつけてねェッて事さ」
「違う」
「違わねェよ」
否定の言葉を更に否定されてベンは沈黙した。
奪われた煙草が彼の薄い唇に挟まれたままフィルタの少し手前まで灰になった程の時間が過ぎる。沈黙を破ったのはシャンクスだった。
「何怖がってんだ? 嫌がってんだ? 躊躇ってんだ? カッコつけてんだ? 考えすぎるなよ。それともオレはオマエの本気を預けるに足らない人間か。そんな男についてきてたのかよ、ベックマン?」
「違う…違う」
ベンは弱々しく否定してから小さくかぶりを振った。その顔は今にも泣き出しそうだとシャンクスは思った。
おそらく、と推測する。
きっとこの男はどうしようもなく不器用なのだ。自分に対する態度や思いの中にあるもの全て本気なのだろうと思う。ただそれらを表現する事に慣れていないだけなのだ。わかってはいるが、だからといって納得できるほど欲がないわけではない。
「オマエが不器用なのは知ってるけどね」
鮮やかに笑う表情はどこか不穏だったが、それを問う前にそれからな、とシャンクスが言葉を続けた。
「どうしてオマエがそんなことを思うのか、オレは知ってるよ」
「……何の」
事を言ってるのかわからない。シャンクスの言葉はベンには理解しがたい脈絡でもって続く。言いかけた言葉は晴れた海色の瞳に見据えられて最後まで紡げなかった。
「自惚れんなよ」
口元だけを歪めてシャンクスは笑う。
「オマエ、自分の気持ちの方がオレより上回ってるとか思ってるだろう」
「………」
一瞬ひどい目眩に襲われた。世界が暗転し、それから白光に包まれる。戻った視界に映るのは彼の笑み。
赤髪の言葉は容赦なくベンを追い詰め斬り裂く。
更にシャンクスは王者の余裕でベンを踏みつけ、深い部分へ侵入する。
「オレがオマエの事を思ってる以上に、オマエがオレの事を思ってるなんて、自惚れんなよ?」
「…何?」
自惚れなのかそれはと聞き返す間もなく、一本しかない腕で抱き締められた。言葉とは裏腹に優しい抱擁に、頭の中が真っ白になる。
シャンクスはベッドに腰掛けたままベンを抱き締めているので、日頃聡明な男がどんな表情をしているのか見えない。
そうしてひどく優しく囁いた。おそらく睦言と同じ温度で。
「オマエと同じ位、オレはオマエのことを思ってるから」
だからオレに対して卑屈になる必要はないんだよと子供を宥めるように言われて背をあやすように撫ぜられて、思いがけず涙が一筋頬を伝ったけれど、ベンは自分の涙に気付かなかった。その代わりのように、ゆっくり膝を折って床に跪き、シャンクスの胸に頭を預ける。
「…ばァッかだな…」
余裕なさすぎだよオマエと呟かれ、後ろ頭をくしゃくしゃに撫ぜられる。子供じゃねぇぞと言いたかったが、髪を梳き頭皮を撫でる指がやたらに優しく、また気持ち良かったので、振り払うような真似はしなかった。いや出来なかった。
自分の本気はどこにあるんだろうかと問いかけてみる。どうすればもっと伝えられるのかと。
その答えは、今は出ない。
やがてわかる日がくるのだろうか。
わかればいい。なるべく早くに。
シャンクスの身体を抱きしめ返して、また一筋涙が頬を伝った。