わずかに上辺を欠けさせた月は、明るい蒼を斜めに投げかける。
月さえなければもっと星が見えるんだけどなァと思いながら、蒼に染まった白砂を蹴り上げた。
背後に馴染みの気配を感じたが、口許で微笑むだけで態度では無視をして、サンダルを履いたままザブザブと脛の半ばほどまで海に入る。
そうして先程砂にしたのと同じように水を蹴り、4度ほど蹴ったところでバランスを崩して、海の中で尻餅をついてしまった。
数秒の沈黙の後、何を堪えきれなくなったのか、笑い出し始めた。ひとしきり笑い終えるとようやく背後を振り返って「起こせよ」という。煙草を咥えた男の返事は簡潔明瞭で、一言「ごめんだ」とつれなく紫煙を吐いた。
返事が気に入らなかったのか、シャンクスは胸のあたりまで海水に使ったまま、両足を子供がごねるようにばたつかせて「起こせッたら! 起こせ――っ!」と駄々をこねる。
「…子供か、アンタは…」
肺の奥から溜息を吐く。放っておいても良かったが、この分だといつまでもいつまでもこの状態が続くような気がする。それははっきり言って不毛ではないのか。
濡れるのはイヤだったが結局シャンクスの要望どおり、引き起こしてやることにした。
シャンクスの背中側から脇を掴んで、軽々と持ち上げてやる。立てよ、と言ったが、シャンクスは膝を曲げたままで自分の足で立とうとはしない。ほら、と体を揺らしても、一向に自力で立とうとしない。仕方なく砂浜まで掴み上げたままで運び、波が来ないところまで来ると手を離した。
ぼとりと砂浜に落ちたシャンクスは、恨めしそうな目でベンを見上げる。
「…なんだ?」
「…………運び方がチガウ…」
「ハァ?」
何言ってんだアンタ?と見下ろせば、ぶすっくれた顔で足に猫手でパンチを繰り出すシャンクスの姿があった。いじけてる…と言えなくもない。
「運び方が違うってのはなんだ?」
「ああいう場合はフツウ、横抱きだろうがよ!」
「横抱き?」
わめきながらの説明をよくよく聞けば、横抱きとはようするにオヒメサマ抱っこのことを言っているらしかった。わかったとたんに軽い頭痛がベンを襲う。
「アンタ…昔それをしてやったら、メチャメチャ嫌がってたじゃねェか」
「今はいいんだよ! そういう気分だったんだから!」
「無茶苦茶言うな。そんなの俺にわかるか」
「わかれよ、それくらいッ」
何でしてくれねェんだよと絡み続けられて、深い深い溜息。
「…酔っ払いに付き合いきれるか。大体アンタは起こせって言っただけだろう。そんなに横抱きされたかったんなら、そう言うんだな」
それよりさっさと船に戻って着替えねェと風邪引くぞ、と腕を掴んで無理矢理立たせる。不承不承ながらも今度はちゃんと立ち上がったので手を離そうとすると、逆に掴まれた。
なんだ、と器用に片手で煙草に火をつけながら聞くと、無言でぎゅっと手を握られた。
「…何がしてぇんだ?」
「…つれてけ」
「…この手は?」
「このまま」
「大のオトナの男二人が手ェ繋いだまま歩くってのは変じゃねェのか?」
「いいんだよ! ガタガタ文句言うなッ! そもそもオレは怒ってたんだからな! テメエはオレの言う事を聞かなきゃなんないんだッ」
どこの子供の理屈だ、と思うより早く、笑いがこみあがる。そのとたんに「笑ってんじゃねェ」と拳を頬に押し付けられた。まったく…これで笑うなというのが無理な話ではないか?
やれやれ、とシャンクスにわからないように小さく肩を竦めた。