嗤う心は嘲りに満ちて

 そろそろ来るような気がしていた。
 闇と静寂を身に包んだその男がシャンクスの―――或いはシャンクス達の前に姿を現す時はいつでも唐突だ。なんの前触れもなく無から生じたように忽然と姿を見せる。動力らしいものも載せていないのに進む筏船もまた、謎のひとつだった。
「久しいな」
 一言だけこちらに投げるその姿は王者のそれ。口調は親しげであっても、友達というような優しい関係でないのはその場の全員が知っていた。
「よォう、久しぶりじゃねェか」
 甲板から手を振って笑いかける赤いリボンの巻かれた麦稾帽子に、通り名と海賊団の名を冠した赤より赤い髪。海賊旗にも描かれた左顔を走る三本傷。
 そろそろ4つの海で名前が売れてきた『赤髪海賊団』の首領・シャンクス自身である。が、彼自身に「海賊」という恐ろしげなイメージは皆無だった。それどころか、どこか優しげな気すら覚える。それは彼が身長の割に細身であることに起因しているのかどうかはわからないが、他の海賊団の頭目とは一風変わった感じを受けるのは確かだ。
「相変わらず人生に退屈してるのか?」
 シャンクスの言葉に肩をすくめるでもなく、男は通り名の鋭い眼を甲板で雁首揃えたような船員達に向けた。世界政府認定の海賊・王下七武海の一角を担う男を間近に見て怯む者が大半だったが、恐れるでも気負うでもなく見つめ返す視線も、中にはあった。
「…退屈しているのは貴様の方ではないのか」
「ははは! お前ほどじゃねェさ、大剣豪」
 大口を開けて笑う。会話をやり取りする様に緊張感は微塵もない。どこか楽しんでいるようだ。無表情の黒衣の男に「それで?」と言葉を続ける。
「まさかココでおっぱじめようってわけじゃあねェよな?」
「おれはどこでもかまわん」
 言い切る大剣豪に、さすがにシャンクスは苦笑した。
「そりゃお前はいいだろうよ。困るのはオレ達。こんな海のド真ん中で船壊れたら死ぬだろうが。…どうせ近くにおあつらえむきの島でもあるんだろ? 案内しろよ」
「かまわんが、その船だと時間がかかるぞ」
 強い意志をもつ視線を受け止め、言葉の裏にすぐ気付いた。両手を上げて肩をすくめ、小首をかしげる。
「…性急だな。女にモテねェぜ、鷹の目」
「興味ない」
「…ったく…」
 誰かの口癖と同じ言葉を小さく洩らす。
 いい所に来てくれた。丁度憂さを晴らしたいと思っていた所だ。勿論そんな事はおくびにも出さない。代わりに、仕方なさそうな顔を作って笑った。
「副船長」
 くるりと踊るように後ろを向いて、笑いながら言う。
「オレはちょっと、鷹の目と行ってくるから。オマエは後からついて来い。なんかあった時の判断も、オマエに任せる」
「………」
 かすかに眉をひそめる。
 昨晩の事が原因で、朝からシャンクスの機嫌が悪いのにも気付いていた。意趣返し、なのかもしれない。が、この頭目が言い出したら聞かない性格なのは既知のこと。止めて止まるような性格ならば、苦労はない。
 諦めたように紫煙を吐いて小さくわかった、と言い、頷く。選択の余地は無かった。後が厄介そうだとも思ったが、なるようにしかならないだろう。数年の付き合いで学習した事だ。
 シャンクスが口許だけで意味ありげに嗤ったのには気付かないふりをしておく。
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