キスをする。この男と。
身長差があるから、自分は少し(いや、大分)上向かなくてはならない。
身長差があるから、この男は少し身をかがませなくてはならない。
目を開けてみる。キスの最中に。
漆黒に近い色の瞳は瞼の内に隠されていて自分を見てはいない。それを確認して、満足して目を閉じた。その間にも互いの口腔を、舌を貪り合う行為は続行している。
そうして、頭の隅で考える。
何故この男と口付け合うのかを。
他の誰かとだって、キスすることはある。例えば一夜限りに枕を同じくする女だ。ただそれはセックスをする前に気持ちを盛り上げるための、いわば前戯の一部なのだが。
では、この男とはどうか。
今しているキスは前戯の一部であるように思うが、そうでないキスも多くしていると思う。もっとも、大半は自分から仕掛けたものばかりだ。この男の方から行動を起こすことはまず、ないと言って障りない。性欲がないわけではないだろうが(当り前だ。健全な成人男子なのだから)、この男はどうもそういった方面には淡白な性質であるらしい。だからたまにはこの男の眼が欲に染まりきった様を見てみたい。普段泰然自若・冷静沈着で鳴らしているだけに、実に興味深い。
ああ、違う。そんな事はどうでもいい。今考えているのは「何故この男とキスするのか」だ。
シャツの合わせから、ベンの堅い掌が侵入して脇腹から胸のあたりをなでられる。口付け合ったまま、鼻に抜ける声が短くあがった。
勿論、したいからしているに決まっているのだか、その「したい」という衝動はどこから来るのか。
巧いから?(それはある)
好きだから?(仲間なんだからそれは当然だ)
アイシテルから?(…それはどうかな)
よくわからないけれどキスをする。もしかしたら…わかりたいからキスをする、のかもしれない。
胸元を撫でていた手は濃い色の突起に触れ、つまみあげてくる。声が洩れる。乳首を触られたからではない。ベンの唇は離れていたが、耳の裏から首筋をねっとり舐めていた。だからだ。
そういえば。
仲間は多くいるが、この男以外と積極的にキスをしようと思った事はなかった。
それと同じことだろうか?自分でもよくわからないが、とにかくそういう事なのだろうか。
『トクベツ』だから。
既に膝に力が入らない。壁にもたれ、この男に支えられてようやく立っていられるというザマだ。
しゅるしゅると音を立ててサッシュが解かれる。為す術はない。もとより邪魔するつもりもない。ただ、ベンのサッシュを解いてやれない。解いてやる気すら起きない。ただされるがままに。
まあ確かに自分と見合うような実力を持った人間はそれだけで特別だ。その意味では鷹の目もベンと同類になる。…本人達はとても嫌がるかもしれない。個人の内心の中の事とはいえ、同列に扱われるなんて。ベンは気にしなさそうだが、鷹の目の方はあからさまに嫌な顔をするだろう。
口からはひっきりなしに嬌声があがる。はしたなくも女のように。
だって仕方ない。我慢ができない。
床に落ちたズボンに、もしかしたら滴った先走りがかかっているかもしれない。でも仕方ない。この手にこんなに優しく巧みに追い立てられたら、誰だってこうなるに違いない。
自分に言い訳をきかせながら、ベンの肩に擦りつけるように頭を預け、首に回した腕に力をこめた。
そうだ。今度鷹の目が来たら言ってみよう。気位の高いあの男の表情が、どう変わるのか。これはかなり見物だと思う。
考えたら楽しくなった。そしてそれは顔にも出ていたらしい。
「…何、笑ってんだ…?」
狭い入り口から中をまさぐり慣れさせていた指が抜かれ、片足を抱えられて指なんかより数倍太くて熱いモノがあてがわれる。早く、とせがむのに、この男はことさら緩やかにしか腰を進めてはくれない。
「じ、らすなっ…よ…ッ」
「スキだろう?」
何が、とは言わない。焦らされるのがなのか今浅く抜き挿ししている場所がなのか。あるいはこの男の事だから両方を指していたのかもしれない。
弱い場所を狙って動くのはこの男なりの意趣返しなのかもしれないと思いはしたが、それに反撃をするだけの余裕がない。
ああ、でも…そうだな。楽しくて仕方ない。「鷹の目ともキスしてみたくなった」なんて言ったら…オマエはどんな表情を見せてくれるのだろう。考えただけでも楽しい。楽しい。その顔を見てみたい。
いつものように溜息ひとつ吐いて、いつものアノ言葉を言うのか?それとも怒ってみせる?笑ってみせる?呆れる?それとも今までに見たことのない表情を見せてくれる?それなら、その表情が見たい。オマエはどんな表情で楽しませてくれるんだろう。
昼間にはまず口の端に乗せる事もない名を呼んで白い体液を吐き出す。その後も数度オレの体を揺さぶってから、内臓を圧迫していたモノをズルリと抜き出す。
外で出してくれたのはありがたかった。中で出されると後始末が面倒だからだ。
ずるずると壁にもたれたまま床に滑り落ちていく体を、太い腕に掬われてベッドまで運ばれる。勿論これで終わりという訳ではない。まだまだ足りない。それはこの男も同じはず。
そういえば、明日は朝に召集をかけていたような気がする。それなら早く寝た方がいいに違いない。でなければ、この男はともかくとして、明らかに眠そうな顔を船員に晒すことになる。珍しいことではないと言えばそうなのだが、召集をかけた時くらいはやはり頭としての面目を保ちたい、ような気がする。
与えられた口付けだけでは足らず、離れる唇を追って銀糸を辿る。腕を、首と背中に回して、強く引き寄せて。離れないように。
明日は早いんだぞ、と苦笑交じりの声が囁いた。
勿論起きる。答えると、溜息が返ってくる。
それでもしたいからするのは獣の本能?それともただの肉欲?
――――あるいは純粋な好奇心。