Sunday action!!

 起こされ方はどうあれ、せっかく早く起きた日曜日。
 淡いブルーのカーテンの向こうは、部屋の中にいるのが勿体無いほどの晴天。となれば、外に出るしかない。
「ベン、ハイキング行こう、ハイキング」
「はぁ? この寒いのにか?」
「何年寄りくさいこと言ってんだよ。こんないい天気の日に家の中にいたら、勿体ねえだろ。体がカビるぞ」
 年寄りくさい、という言葉に少なからずショックを受けながらもカーテンの外を見やれば、確かに部屋に篭りきるには勿体無い青空。
「……ドライブにでも行くか」
「そうと決まれば弁当だ、弁当! 仕度コミで一時間で作るぞっ!」
 重箱どこにしまったっけ、と慌てて台所に取って返すシャンクスに「ちょっと待て」と声をかけ、振り返った所に軽く触れるだけのキスを落とす。
「おはよう」
 朝一番は言う暇がなかったからな、と笑う口許に、シャンクスも背伸びをして「おはよ」と笑顔とキスを返した。


 宣言通り弁当製作コミ一時間で仕度を終わらせると、ロードスターの運転席に乗ったのはベンだった。
「おまえ、ホントに運転好きだよなー」
 わざわざロードスターの座席をパワーシートに変更するなんて、と意地悪く笑うと、薄い青のサングラスをかけ、革の手袋をはめてベンは口許だけで笑む。
 キィを回し、エンジンを温めると、車は勢いよく駐車場から飛び出ていく。助手席で大きな重箱を抱えながら空気の変わった恋人を横目で見「頼むから安全運転でな」と小さく呟いたが、これはベンに届いたかどうかはわからない。
 街から三・四十分ほど車を走らせれば、住宅はまばらになり、視界が開けて海へ出た。ちなみに、三・四十分で着いたのはベンが運転したからで、シャンクスであれば一時間はかかったであろう。
「おまえ、トバし過ぎ」
「早く着いてよかっただろう?」
 しれっと答えるベンの頬をつねる。
「オレが言いたいのはそこじゃねェよ。一般道で百キロ近く出すなっつってんだ。高速じゃねェんだぞ!」
「空いてる道をトバして悪いか?」
 ネズミ捕りやレーダーにかかるほど馬鹿じゃねェよ、と肩を竦める男の隣で、シャンクスは肩を落とした。話が通じてない。もしかしたらベンが自分に説教する時もこんな感じなのだろうかとちらっと思ったが、自分のことは棚に上げることにした。
「…交通事故で死ぬのだけは勘弁だからな」
「ああ。運転は安全にしてるさ」
 確かに、ベンの運転は荒くはないし乱暴でもない。ただスピードを出すだけなのだ。それはそれで問題だとは思うが…若いうちは仕方ないのかもしれない、と年不相応の溜め息をつき、気を取り直すように真冬の海を振り返った。
「いーい天気だなァ…」
 うーん、と背伸びして顔だけで振り返り、ベンの方へ手を伸ばす。寒さのあまり手は白く、指先だけがほんのり薄赤い。
 ベンが怪訝そうな顔をしたので、さも当然の顔をして言ってやった。
「手。繋ごう?」
「…………」
 ガキじゃねェんだぞという呟きが微かに聞こえた気がしたが、シャンクスはそれらを無視して手を差し伸べたまま微笑む。ベンは苦笑しつつも諦めたように、伸ばされた手をとった。重ねられた手を引っ張るようにして、シャンクスは上機嫌に砂浜を歩く。
 ベッキー連れてきてやればよかった。繋いだままの手をコートのポケットに入れた時に、ベンはその言葉を聞いた。
 ベッキーというのは、シャンクス本宅の番犬を兼ねた飼い犬の一匹だ。黒毛のメスで、ラブラドール系の雑種。数匹飼っている犬の中で、ベッキーが一番シャンクスに懐いていた。
 ベンは何度かシャンクス本宅を訪れたことがあるが、他の犬達はともかく、ベッキーだけには嫌われていた。「こいつが誰かを嫌うなんて珍しい」とシャンクスは言ったが、恐らくそれは名前の所為もあるのではないかとベンは思っている。犬の名前の由来は、あえて聞いていないが。
 な? と同意を求められたのに曖昧に頷いて返し、ポケットの中の手をぎゅっと握る。シャンクスの手は、いつのまにか暖かくなっていた。自分の手は、手袋の中でわずかに汗ばんでいる。
 十代の子供ではあるまいに、手を繋いでいるだけで鼓動が早まるなど、あるだろうか。それこそ毎日、同じ場所で暮らして、数え切れぬほど体も重ねてきたというのに?
 理屈ではないのだろうと結論付け、反対側のぽけっとから煙草を取り出し、咥えた。片手一本で器用に火を点け、くるくる踊っては大気に溶ける煙を二人で見送った。
 不意に、郷愁という言葉がベンの脳裏をかすめ、それはこんな気持ちなのかもしれない、と白波立つ碧海をただ眺めた。
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