loveache

 海賊船ゴーイングメリー号のキッチン。
 ゾロは甲板ではなく、めずらしくここで酒を飲んでいた。(というのも、雨が降っていたせいなのだが)
 目線を上げれば、この船の炊事の一切を取り仕切るコック・サンジが、煙草も吸わずに夕食の仕込をしていた。
 ふだんは戦闘中でもかまわずに煙草を吸う男なのだが、調理中は吸わないと決めているらしい。理由を尋ねたらば、
「バッカ野郎。テメェらの食事だけならともかくも、ナミさんの食べるものに煙草の匂いが混じったらどーすんだ」
 と返ってきた。
 料理と女に対しては優しく紳士的なラブコックなのだ。とはいえ、煙草をはさみ持つ指にだってヤニの匂いは染み付いているはずなのだが、そちらは専用の石鹸で調理前に消臭しているらしかった。
 量だけはやたら大量にあるラム酒をラッパ飲みしながら、台所を動くサンジの後姿をゾロはボーっとながめる。

 てきぱきてきぱき。

 料理などもっぱら食べるのが専門のゾロにはよくわからないが、一定のリズムで食材を刻む包丁の音でこの料理人のさばきの速さはうかがい知れたし、かと思えば火にかけてある鍋をかきまぜたり、切った食材を炒めたり、先ほどからずーッと見てるのにこちらのことなど気付いていないんじゃないかと疑いたくなるような料理への集中力に対しては、素直に感心していた。

 もちろん、見られているのに気付かないほど鈍いサンジではない。

 ゾロがキッチンに入ってきたのはタマネギを切っていた時だと覚えているし、ゾロが酒を物色していたのも(気配で)知っていたし、一人の酒盛りが始まってからずーッと体の後ろ側全体にゾロの視線が当たっているのだってわかっていた。
 ただ、料理への集中を欠くわけにはいかなかっただけで。
 気持ちの問題だが、集中力を欠いた料理は、それだけでマズイ気がするのだ。そんなものを出すのはコックとしてのプライドが許さなかったし、なによりナミにそんなもので胃を満たして欲しくないと、本気で思っている。
 だからいつでも料理は真剣勝負。

 とはいえ――呼ばれれば返事もするし、話しかけられれば話もするのだが。が、なぜかキッチンに来た時はいつも、緑頭の剣豪は黙って酒を飲み、何が面白いのか、働いているサンジの後姿を眺めるだけなのだ。
 最初は気にしたが、いいかげん慣れて、今では気にも留めていなかったのだが――この日初めて、ゾロは調理中のサンジに声をかけた。
「…おまえさぁ…」
「ン?」
 声はやけに近いところから聞こえた気がしたが、鍋のポトフに集中していたので深く考えもしなかった。
 が。
「ホント、ほっせーよなァ…」
「!」
 不意に腰をつかまれて、驚いて飛びあがる。
「テメッ…! イキナリ何しやがる?!」
 振り向いて睨みつけると、剣豪は少し驚いた表情をしていた。だが腰をつかむ手を離す気配はない。
「あぁ…ワリィ。そんな驚くとは思わなかった。ちょっと…見てたら、ほせェな、って思ったからよ…」
「いっつもナマで触ってんじゃねェか。今更しみじみ実感こめて触ってんじゃねェ! そしてテメェの体と一緒にすんな!」
「別に一緒にはしてねぇよ。…ほせェ……」
「…蹴り殺されてェのかテメエは…」
 その時のサンジのオーラには多分に殺気を含んでいたのだが…
「バァッカ。感心してんだよ」
「ハ?」
「よくこんなほせェ腰であんな重い蹴りかませるな、ってな」
「☆」
 めったに見せないゾロの破顔。
 ――すごいカウンターパンチ。いや、むしろ不意打ち? きっと今自分は変なカオしてる。だってゾロってば本当に感心してるのがわかる言い方するんだもんな。
 しっかし…ンなことマジに言われて…なんて返しゃいいんだよ…
 いつもなら憎まれ口の一つや二つや七つや八つたたくところだが、不意すぎて素でテレている。ただし、あくまで内心だけの話なのがサンジらしいところ。
「テッ、テメエこそ。よくそんな重そうな体で速く動けるなッ」
「まァな。無駄な筋肉つけてねェからな、おれは」
「けッ、この自意識過剰ヤロー」
 テレ笑いしながらゾロの腹に拳を入れてみちゃったりなんかしちゃって。

(チェッ…やっぱ、堅ェなァ…)

 毎日の鍛練の成果だろう。ゾロの体は軽くて丈夫な鎧のような筋肉に包まれている。
 太い腕、19歳にしては広めの肩幅、厚い胸。
 自分とはまるっきり逆の、未来の大剣豪の体。
 …同じ男としてこの差は…

(………ムカツク〜〜〜……)

 と同時に、

(……いいよな…殺してもしななさそうな体で。…俺もこんながよかったかなァ…)

 ちょっぴり羨ましかったり。
 いぢけ気味で何度もゾロの腹筋にパンチをくれていると、大きさだけはさして変わらないゾロの手が、頭に置かれた。
「ばァか」
「何をゥ?!」
 腹筋から顔を上げると、剣豪は優しく微笑っている。
「オマエがおれと同じような体格で今の性格だったら、おれは絶対ェ、オマエを大嫌いなままだぜ?」
「……それはナニ? テメエは俺の体に惚れたってことか?」
「別にそれだけじゃねェ。自分と違いすぎる人間って、やっぱ気になるもんだろ? おれはオマエと違って手先も器用じゃないしな」
 オマエだってそうじゃないのか? と目を覗きこまれる。
「…まぁ、なァ……」
 ……ちょっと…いや、かなりアタリ。

(クソッ、なんだってコイツはこんなどーでもいい時には鋭いんだ?! しかも頭なんか優しく撫でんなっつーのバカ剣士! 恥かしいじゃねェかよ…。…それでもコイツに撫でられンのは嫌いじゃないから困るんだよなァ…)

 困ってうつむいたままのサンジの頬に手を添え、自分のほうを向かせる。そして…普段の彼からは想像も出来ない(つーかむしろ笑える)優しい声で、
「いいんだよ、オマエはこの体で。…おれは好きだ」
「……テメエ…」
 ハズカシーこと言ってんじゃねェよ、とサンジは小さくつぶやく。その頬は心なしか赤く色づいている。
 ……でも幸せだからいいけどな、と付け足して、ゾロの首に両腕を絡ませた。

 鍋のポトフが、芳香を放つ台所。
 雨の日。
 …たまにはラブラブすんのもいいんじゃねェ?
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