one day, one smile

 じきに港に着こうかという夕暮れ。近付く港を眺めるともなく眺めながら、紫煙をくゆらす。
 その港に戻るのはもう幾度目のことか…同じ港を3ヶ月以上本拠とするのも稀なことだった。理由は…なんとなく、わかっているのだが…

(案外コドモっぽいところがあるよな…)

 おかしく思いながら短くなった煙草を窓辺に置いた灰皿に押しつける。…と。静かな時間を叩き壊す破壊音。
「副副副――っ副ちゃ―――んッ?!」
 落ち着きなく駆け込んできた船内一の問題児――否、船長は、副船長室のドアを開けたまま2枚の布を片手ずつに持ちながら、
「なァなァッ、どっちのサッシュがイイ?!」
「ぁあ…?」
 ちらり、と目をやると、右手には江戸紫の布、左手には彼の特徴たる赤髪に良く似た色合いの布を持っていた。
「…どっちも似合うだろ…」
 どうでもよさげに答えると、ズカズカと目の前までやってくる。
「それはわかってるけど! ”どっちがより似合うか?”って聞いてんだよ!」
「…………………」
 ―――やれやれ。
 表情には出さない苦笑を紫煙に混ぜて吐き、無言で左手のサッシュを取ってシャンクスの腰に手を回す。
「自分で巻けるのに〜〜」
「あんたが巻くとぐちゃぐちゃになるだろうが。時間もねぇしな。…だらしねぇとこみせたいわけじゃねぇだろ?」
「そりゃ、そうだけどさ…」
 ヤや不満げな表情ながらも大人しく巻かれる。
「…ホラ、できたぜ。ったく、もう少し早くから支度すりゃいいのに…」
「1時間も前から支度は出来てたって!…サッシュ選ぶのに時間かかっただけで…」
「…1時間もサッシュ選んでたのか?」
「悪ィか?!」
「………いや、…悪くはないが…」
 こみあがってきた笑いに耐えられず、つい肩が震える。

(”赤髪のシャンクス”なんて畏怖されてる海賊が…たかがサッシュ選びに1時間…)

 1時間前に隣の部屋がうるさかったのはきっと、クローゼットの中から自分の持っているありったけのサッシュを探していた音だったのだろう。数多く持っているわけでもないだろうに…ベッドの上にでも並べて、その前で頭を悩ませていたに違いない。―――明日のデートの服に悩む少女のように。
 その様子が手に取るように浮かんで……これが笑わずにおれようか。
「なに笑ってんだよ? カンジ悪ィぞ!」
「いや…ずいぶんご執心だなと思ってな」
「悪ィか?!」
 否定しないんだなと思いながら、やっぱり笑ってしまう。
「誰もンなこたァ言ってねぇ」
「妬けるとか〜〜♪」
「ンなわけねぇのわかってるだろうが」
「まァね♪ じゃ、そろそろ甲板(うえ)にあがるとすっかな〜♪」
 鼻歌混じりであからさまに上機嫌なシャンクスの後ろを、笑いながらついていく。

 1ヶ月振りの―――フーシャ村だ。
 
 
 
 
 
「それで船長さんはどうしたんですか?」
「オレもかなり驚いたんだけどさ、でも頭がビビってるわけにゃいかねェだろ? だからこう…テキの攻撃を払い落としながらさ、こいつら先に逃がしたあとで…オレも一目散に逃げたね!」
「逃げ切れるものなんですか?」
「そこはもう、必死でさ! いやもうアレの攻撃が痛ェのなんの…おまけにテキさんもすばしっこいからさァ」
 フーシャ村唯一の酒場を赤髪海賊団が占領して2時間。無礼講の宴会の中、シャンクスは指定席となっているカウンターのど真ん中の席で、この店の女主人と話していた。
 いや、正確にはシャンクスが一方的に話し、女主人・マキノは彼の話に相槌をうっている、と言った方がいいか。
 先の航海でのシャンクスのいささか誇張された体験談を笑いながらマキノは聞く。
「刺されたりしませんでしたか?」
「さすがに1箇所くらいは刺されたなァ。腕の…ほら、ここ」
 シャツの袖をまくりあげた腕をマキノの目の前にちょっと得意そうに出し、肘の下辺りを指差す。
「痛そう…」
 言いながらまるで自分が痛いような顔をするマキノに、シャンクスは慌てて逆の手を振り、
「やっ、もう痛くねぇよ! ウチの船医、クチは悪いけど腕は良くてさ! いい薬持ってるし!」
 笑いながらジョッキに残っていたビールを飲み干す。
 その様子を、カウンターから少し離れたテーブルで幹部3人が見ていた。
「お――お――お―――…お頭ってば、ベッタ惚れだねェ〜〜〜♪」
「妬けるか、副船長」
「…なんでそこで俺にふる」
 ギロリと鋭い視線もなんのその。
「他意、ない」
 肉の塊を頬張ったまま笑っている。…もっとも、ルゥの笑った以外の顔はあまり見たことがないのだが(怒っていても笑い顔なのだ)。
 ったく、と小さく呟いて煙草をくわえる。
「妬くわけねぇだろうが」
 そういう関係じゃねえよ、とうそぶく副船長にニヤニヤ笑う。
「そうか〜? でもあの二人、けっこーいい雰囲気じゃねぇ?」
「お似合いだな。…お頭黙ってりゃ」
「そりゃ無理だな」
 ヤソップは笑いながらジョッキの酒をあおり、ツマミのチキンのから揚げを口に放り込む。
「でもよぉ。お頭があんな入れこんでるのってのも初めて見るなァ」
「マキノさん、いい女だもんな」
「大人っぽいしなァ」
「マメだし」
「よく働くし」
「………………」
「………………」
「……だから、なんで俺を見る?」
「けっこォ誰かさんに似たタイプなのかな、と思ってさ。マキノさん」
「面倒見もよさそうだしなァ」
「……俺の笑顔は可愛くねェぞ」
 副船長のマジメくさった口調に、二人は同時にビールを吹いた。
「…汚ェな…」
「ブァ〜〜〜ッハハハハ!! たしかになッ!!!」
「副船長が笑顔全開なとこ、想像した…」
「ヘンなもん想像すんな。…楽しんでるだろう?」
「だってなァ、副船長が妬いてるとこ、見てみたくねぇか、ルゥ」
「想像絶するから見たい」
「やっぱそうだよな♪」
「…………悪趣味だな、おまえら」
「あのお頭にしてこの船員アリってね♪」
「………」
「…あ」
「なんだルゥ」
「お頭、チャーハン食ってる」
 羨ましそうに言うルゥに、二人は呆れた。
「…おまえが今手に持ってるモンはなんだ…?」



「じゃあマキノさん、明日もまたヨロシク〜〜♪」
 と店を出て。少しひんやりした夜風に吹かれてふたり。
「ッあ〜〜〜、うまかったァ♪ やっぱマキノさんのメシは最ッ高うめェな〜〜〜♪」
 星空に届けとばかりに両腕を伸ばして、上機嫌で調子ハズレに鼻歌など歌う。
 その少し後ろで煙草に火をつけながら、
「元気そうで良かったな、お頭」
「まぁな〜♪ 別に病気でもお見舞いに行ったけど。……別に妬かねぇよな?」
「ったり前だろうが…」
 なんで皆俺を妬かせたがるのかね? とベンがぼやけば、やっぱ面白そうだからじゃねぇ? とシャンクスが笑う。

(…”このお頭にして…”ね。うまいこと言ったな、ヤソップのやつ…)

 白い息を吐きながら、
「……他の連中はあんたがマキノさんに惚れてると思ってるみてェだがな」
「あ、その言い方…やっぱ副には違うってワカル?」
「アタリマエだ」
「…………」
 ―――さっすがオレの副♪
 振り返ってニヤリと笑う。その笑顔を麦わら帽子ごと撫でて、
「あんたがマキノさんに何を求めてるかくらいわかるさ。多分…マキノさんもな」
「なんだよ、オレって読まれてる? でも……マキノさんもオマエも、ほんっと優しーよなァ…」
 嬉しそうに笑って、ベンに飛びついた。
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