12&9

 夜。

 腹部に鈍い衝撃を受けて目を覚ました。
 何かが自分の上に乗っかっているらしい。
 ―――確かめるまでもない。

「…ルフィ…重ェよ…」

 掛け布団の上…というか、自分の上に乗っかってきたのは三つ下の弟・ルフィだった。
 薄暗がりの中、ルフィは布団の上からどこうとしない。
 どうした、と聞きかけて、ルフィの顔がやけに神妙なのに気付く。……日頃、小憎たらしいまでに元気な弟がこういう表情をしている時の理由は、ひとつだ。

「……また、コワイ夢でも見たのか」
「………ウン…」
「…しょーがねぇなぁ…ホラ、こっちこいよ」

 布団の端をめくって、弟を招き入れる。めくられたところへ素直に、うさぎのようにもぐりこんできた弟の頭をポンポンと撫でてやる。

 弟がたまに見る、悪夢の内容までは知らない。
 でも、こうやって自分の布団にもぐりこむようになったのはいつからなのかは、覚えている。



 ―――2年前、からだ。



(…赤髪のクソオヤジ…海で会ったら覚えてやがれ…)

 弟の悪夢の対象に呪詛の言葉。

「…エース」
「ん?」

 意識をあわてて現実に戻す。
 隣で丸くなっているルフィは、上目で兄を見上げている。

「手。繋いで寝てもいい?」
「…いいよ」

 自分より幾分小さい手を握ってやる。
 握り返して、ルフィはえっへっへっへ、と笑った。

「なんだよ。気持ち悪ィな」
「やっぱおれ、エース好き」
「……昼間、嫌いってゆったくせに」
「でも好き〜♪」
「わァったわァった。…おやすみ」
「おやすみ〜♪」


「あれ? 隊長、今日はまた、えらく御機嫌ですね?」
 船尾で見飽きた海を見ている二番隊隊長に声をかける。振り返った顔は笑顔。
「お? わかる??」
「ええ、まあ…」
「よくわかるな!」
 鼻歌混じり(おそらく自作の歌だ)に、靴は鼻歌に合わせてリズムを刻んでいる。かつ、100人が見れば100人とも「ご機嫌ですね」と言いたくなるほどの満面の笑み。
 ―――これで上機嫌だとわからない人間の目の方が、どうかしている。
「何かイイコトあったんですか?」
「イイコト? そりゃあ、まあね♪
「?」
 首を傾げる隊員の前で、エースはグフフ、と怪しい笑いを浮かべる。……中年のエロオヤジもかくや、という表情。
「弟に告白される夢、見ちまったvvか〜わいいんだ、アイツ〜〜〜♪ あ〜〜、ホンット良い夢見たな〜〜v」
「…………隊長……?」
 エースと隊員の実質距離はたかだか1mもないほどだったが、心の距離はどうやら数千キロも隔たっているらしい。だから上機嫌だったのか………遥か彼方にいる隊長に、隊員の言葉は届かない。

 船にもたれ、顔だけで海を見つめた。
「………早く来ないかな、ルフィ…」

 弟を待っているのは自分だけではないと知っているけれど。
 でも、噂を聞いたらすぐに会おう。
 どんな仲間を連れているのか、見に行こう。
 ――――赤髪のクソオヤジよりも早く。

「……おれのこと、覚えてるといいんだがなァ…」
 大切なことしか覚えていない弟が、赤髪に再会することと海賊王になる以外のことを忘れている可能性は十二分にあった。
 でも。
 それでも。
 やっぱり弟に会いたいな、と思う。
 いつか、白ひげにはブラコン呼ばわりされたけれど。それでいい。
「…会いてぇなあ…」
 呟いて見上げた空はウソのように蒼い空。そして碧の海。―――弟の元へ繋がっているもの。
 早く来年にならねえかな、とまた小さく呟いて、海に見惚れる。
 17になった弟は、必ず海に出て…名を挙げるだろう。
 それを待っている。……赤髪より強く。
 …想いが海を越えることはないけれど。
 待っているよ、と、声に出さずに囁いた。




 固まった隊員だけが、どうしていいのかわからずに立ち尽くしていた。
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