kiss

「なあなあなあなあ」
 毎度お決まりの、ヒマを持て余した船長の呼び声。
 またか、と思いながらも律儀に返事をするのは副船長の性格。それでも目線が新聞の上を滑っているのは、慣れているから。
「…なんだ?」
 ブラッディレッドの髪の船長は、デスクの向こう側に両膝を立てて、頬杖をついて紙面をめくる副船長を見上げている。椅子に座ればよさそうなものだが、クセなのだろう。
 そうしてまた、突拍子もないことを言い出すのだった。
「セックスってさあ。愛が無くてもできるよな?」
「……人によるだろうけどな。出来るな」
「だよなあ」
「…あんたもできるんだろう?」
「基本的に気持ち良ければオッケーだからさ、おれは。でも相手は選びたいかな。誰でもイイってわけじゃあないな〜。オマエは?」
「女は選ばねェな」
「え?…顔の美醜は関係ないってこと?」
「ああ」
「…怪物みたいな女でも?」
「気分によるけどな」
「マジ?!」
「明かり消して暗くしちまえばわからんだろう。…まあ、途中で気分も萎えそうな時もあるけどな」
「おれは選ぶな〜〜。やっぱ、どーせやるならキレイなおねーちゃんの方がイイじゃん?」
「そりゃ、それに越したことはないけどな」
「…だいたい、オマエが怪物みたいなおねーちゃんに引っかかるところなんざ想像できねェよ」
「……そうか」
「ま、女は顔だけじゃないけどさ〜。声とかさ。なあなあ、声がイイ子って燃えねェ?」
「そりゃあな」
「だよな!! 顔がかわいくて声までかわいいとサイコーなんだけどな〜。逆に声が悪いと…って、アレ? 何の話だっけ?」
 オイオイあんたが始めた話だろう、と心の中でツッコミながら、短く答える。
「…愛が無くてもセックスできるかどうか」
「そうそう、ソレソレ。ん、今の会話からそれは成立するから置いといて―――、」
「次はなんだ?」
 まだあるのか、と思いながら。
「セックスは愛が無くてもできるけどさ―、キスって愛がなきゃ出来なくねえ?」
「……そうか?」
「そうじゃないのか?」
「そんなこと考えたこともないからわからん」
「じゃ、深く考えてみろよ。今ココで」
「…………………」
 なんでそんな事を真剣に考えなければならんのだと思いながらも、やはり律儀に考えてみる。
 煙草一本を吸い尽くす間に考えてみたが、結論は、
「………出来る出来ないで言うなら、出来るな」
「え――――――――ッ」
「なんだその不満げな声は」
 俺はちゃんと考えて答えを出したぞ、と言って新しい煙草に火をつける。
「だってさぁ…ヤじゃねェの? 好きでもないヤツとキスするんだぞ? 他に好きなヤツがいてもできるのか?」
「出来るだろ、べつに」
「え―――――――――――――――ッ!!!」
「何だその反応は」
「だってさぁ…!…平気なのか?」
「何が」
「だからァ、好きでもないヤツとキスして、なんとも思わないのかってこと」
「べつに好きだと思って好きでもないヤツとキスするわけじゃないだろう。特に何も思わないな。浮気にもならないと思うが?」
「……好きじゃないヤツとキスしたとして、感想は何もないわけ?」
「犬か猫に顔を舐められたのと同レベル程度のことにしか思わんな」
「……おれは絶対ダメだな〜…」
「…セックスは出来るのに?」
「だって全然違うじゃん!」
「そうか?」
「キスはすンげェやらしー気分になるけど、セックスだけならそうでもないじゃん!」
「………………………………そうか?」
「そうだよ! ヤラシー気分を煽るためにするんだぜ、キスは! そんで、だから、好きなヤツとじゃなきゃイヤなんじゃんか」
「………シャンクス」
 二人きりなので名を呼ぶ。
「ん?」
 顔を上げると、副船長と目が合った。
 無言の手招きで呼ばれたので、デスクを回って横に立つ。なんだろうと思っていると、右腕を引っ張られた。
「うわッ?!」
 バランスを崩して、彼の上に倒れこむ。衝撃が少なかったのは支えてくれたからだろうが…「何すんだ!」と言うより早く、副船長が耳元で囁いてきた。

「あんたとするようなキスは、他の誰にもしてねえよ…」
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