先程まで船長室では最寄の港までの航路のことなどのミーティングが行われていた。
―――が。部屋の主であり、この船の船長でもあるシャンクスは、椅子にだらしなく腰掛けたままボ―――ッと、あらぬ所を眺めていた。とはいえ、シャンクスがミーティングに参加しようがするまいが、特に問題無く事は進んでいく。その分、幹部連中がしっかりしているからいいのだ。(誰のおかげって、シャンクスのおかげなのだが)
適当な目的港を見つけ、進路を決めた後にミーティングはお開きで、時間はといえばそろそろ昼食の頃合。だからみんな移動したというのに、赤髪の船長はそれにすら気付いていない様子で呆けつづけている。ある意味、何かを模索しているとも言えなくもない(苦しいが)。
「お頭? 昼飯の時間だぞ?」
部屋に最後に残った長身の副船長が声をかける。が。
「…ん――――」
「?…眠いのか?」
「ん――ん―――――」
違う、と言っているらしい。
それにしても…何が原因でこんなに呆けつづけているのやら? 大した理由ではないような気はするのだが、気になる。
愛用の煙草に火をつけ、
「どうした? 何かあったのか?」
その言葉を待っていたかのように、赤髪は黒髪を省みた。
「…あのさぁ…」
「ん?」
「おれって、気が多い方だと思う?」
「…………どういう意味で、だ?」
「ん〜〜…色んな意味で」
「……………………」
副船長はしばらく無言で煙草を吸った。その間、船長は大人しく答えを待っていた。
煙草が3cmほど短くなって、ようやく口を開く。
「気が多いというか…あんたには好きなものが多すぎるんだ」
「? どうゆう意味?」
「海、船、仲間、変わる景色、お宝、冒険、新しい発見…みんな好きだろ?」
「もちろん」
「で、あんたは自分が好きなものには惜しみない愛情を注ぐわけだ。それは…そうだな、例えるなら、大好きなおもちゃに囲まれて、それをすべて一人占めして遊んでいる子供のようなカンジだな。
それを気が多いとは言わないだろう? 好きなものが多いんだ」
「……おれはガキじゃねェぞッ」
「そうやってすぐにムクれたりスネたりムキになったりするあたりがガキなんだよ、あんたは」
「……………」
何か言い返そうとするより早く、大きな手で頭を撫でられた。
「…そんな細かいことを気にするなんてあんたらしくないな」
優しい声音と、掌から伝わる体温と、優しく髪を梳く動きが心地いい。
(…これで誤魔化されちまうからいけねェのかなァ…? でも気持ちイイし…仕方ない、よな?)
なんて、ぼーっとしてしまい、
「誰かに何か言われたのか?」
「ん―――、この前ちょろっと顔合わせた時に、鷹の目にさ……」
「………ほぉ…?」
口がすべったことに気がついたのは、頭を撫でていた手が不自然に止まった瞬間だった。
(しまった……!)
後悔したところで、後の祭。
(コイツに鷹の目の話するとスゲェ不機嫌になるんだった…! やべェ…)
恐る恐る目線だけをあげて副船長を見てみれば、……あらぬ方を見ながら無表情で白い煙を細く吐き出している。その無表情が怖いのは…気のせいではないだろう。
(殺気って…下手に出しまくってるよりも…押し殺そうとしている方が怖いよな…くそッ、おれのバカッ。気ィ抜いてたとはいえ、なんて迂闊なんだよ…!!)
鷹の目とベンは仲が悪い。
いや、そんな一言で言えるようなものではない。
嫌い合っているわけでもない。鷹の目は別にベンのことを嫌っているわけではないからだ。「面白い奴だ」と思っているくらいではないだろうか。、ベンも正確に言えば鷹の目を嫌っているわけではない。「ムカつく奴だ」がせいぜいだろう。「嫌い」と思うほど相手を意識したくないだけで、実は嫌っているのかもしれないけれど。
なんにせよ、仲が良いわけではない。
(鷹の目も性格悪いからな――ッ! いちいちからかって遊んでるよな、あのヤロウ…いや、今はそんな事はどうでもいいんだっての。あ〜〜〜もうッ!)
ひとしきり自分を責めていると…頭をぽん、と撫でられた(?)。
驚いて顔を上げると、存外平静な表情の副船長と目が合った。
「…メシ。食いに行くぜ」
「へ?」
間抜けた声を返すと、もう一度頭をぽんぽんとされた。
「ホラ、早く行かねえとメシ食いっぱぐれちまうぞ」
「アッ、待てッ! 置いて行くなよな!」
さっさと行ってしまう副船長を、わたわたしながら慌てて追う。
早くしろ、と言う声は、いつもどおりの声だったので安心した。