Confession

「オマエさァ…」
「ん?」
 ベッドの端に腰掛けて煙草を吸う黒髪の男を、赤髪はうつ伏せで寝そべったまま、斜めに見上げている。
 こちらからは男の後姿しか見えない。
 ズボンをとりあえずはいたままの黒髪はジッパーを上げもせず、すっかり習慣になっている煙草をさっきから吸い続けていて、こちらを向かない。それが少し不満だったが、彼に煙草を吸うのを止めるようには言わなかった。これまでも言った事がなかった。多分、これからも言わないだろう。
 だから代わりに話しかけたのだが…とりたてて話題があるわけでもない。ちょっと、この間に耐えられなくなっただけだから。
 数秒の間逡巡して、ふと。思いついたことがそのまま口をついて出た。
「…慣れてるだろ」
「……何の話だ?」
 いつものこととはいえ、彼にとって赤髪の話はいつも唐突だった。けれども、この時は彼が何を言いたいのか、察しはついていたのだが。
「だからァ…、…セックス」
「…ぁあ…」
 やっぱりそれか、と思いながら、旨そうに煙を吸いこみ、ゆっくり吐き出す。そこで初めて赤髪――――シャンクスの方を振り返った。
「…フツウだろ」
「アレでフツウなら、この世に慣れてねェヤツなんかいねーよ」
 手を伸ばして、相棒の腰を拳で叩く。
「そのへんの商売女とヤルより全然イイ感じ」
「……………」
 なんと答えていいやらわからなかったので、無言を返す。赤髪もとりたててそのことは気にならなかったようで、続けて別のことを聞いてくる。
「なァ。男とも慣れてんだろー。…ン? 女とも慣れてるな?」
 隠すようなことでもないので正直に答える。
「…夜の相手に不自由したことはないな」
 その返事にシャンクスは大きな溜息をつく。
「……オマエ絶対、タラシフェロモン出しまくりだって」
「タラシフェロモンね…」
 シャンクスの造語に肺に溜めた煙を吐き出しながら苦笑。長くなった灰を灰皿に落して、
「それを言うなら、あんたもだろ」
「おれ? なんで?」
 きょとんとした顔でベンを見上げる。
「この船に乗ってる奴の何割があんたにタラシこまれたと思ってるんだ?」
「カラダは使ってねぇぞ」
「だろうな」
 あっさり頷く。
 …抱いてみて、男に慣れているような感じは受けなかったから。

(その割に、気持ちよさそうな表情、してくれてたけどな…)

 思っても口に出さない言葉。

(……いかんいかん)

 思いだし笑いしそうな顔をすぐに引き締める。こういう所、シャンクスは鋭いのだ。
「けどな、皆あんたのカリスマやら何かしらの魅力やらに惚れこんでこの船に乗って海賊やってるんだぜ?」
「別におれ、カリスマとか魅力とか出そうと思って出してるわけじゃねェと思うんだけど」
「わかってるさ。あんたはいつも自然体だ。でもその自然体がすでにタラシになってるんだ。だから皆タラシこまれる。どうだ? 立派にタラシフェロモン垂れ流してるじゃねえか」
「……そんなモン?」
「そんなもんだろ」
「……ふ――ン…って、おれのことはどーでもいいんだよ。オマエだオマエ」
 ごろりと仰向けになって、視線はベンに固定したままビシッと指をさす。
「オマエのフェロモンはヤラシーんだよ。なんつーか、オスな空気が濃すぎっつーか…」
「……ずいぶんな言われようだな」
 フェロモンって見えるもんなのか? とか思いながら、短くなった煙草を灰皿に押しつけ、新しいものに点火。…そしてふと。思いついたことがそのまま口をつく。
「…もしかして、あんた…」
「?」
「今更気恥かしいからそんなこと言い出したわけじゃないよな?」
 笑いながら振り返ると…顔を赤くしたシャンクスと目が合った。

(う―――そ、だろ…)

 思わず呆然。
 取り落としかけた煙草をあわてて持ちなおす。
「…初めてでもないってのに?」
 少なくとも、両手足の指じゃ足りないくらいの回数を重ねてきたはずだが。男とやるのも初めてじゃないとかなんとか聞いたような気がするが。
 言うと、朱を掃いた顔をふいっとそらした。
「やんのは初めてじゃねェって言っただけだろッ」
「…やられるのは初めてだったわけか? そりゃあ……………………ご馳走サン」
「うっせェ!」
 ぶーたれるシャンクスのブラッディレッドを優しく梳いてやる。
「しかしまァ…どうゆう心境の変化で宗旨変えを…」
 問い掛けて、気付く。
「…ああ、それでタラシフェロモン?」
「……………………………」
 シーツをすっかり頭までかぶって背を向けたシャンクスは答えない。…よほど、恥かしかったのだろうか。が、ベンにとってはシャンクスの意外な一面をまた見れたような嬉しさで、可愛い行動のひとつとしか映っていない。
 シャンクスの耳があるだろう所へ顔を寄せて、低い声で、
「…それで、初体験のご感想は?」
 ささやくと、もぞもぞとシーツの中で丸まった彼のこもった声がボソリ。

「…オマエ、タラシフェロモン濃すぎ」

その答えに、吸いかけた煙を瞬時にして吹き出してしまった。
「それは…えらく遠まわしな言い方だが、ヨかったと言ってると思っていいのか? シャンクス?」
「うっさい! ヨかったゆうな!!」
「ああ…ホラ、落ちるぞ。暴れるな」
 恥かしさのあまり(?)ベッドの端でじたばたするシャンクスを笑いながらシーツごと抱きしめて。体を起こしてやって。シーツから頭を出してやって。目をつぶって顔をそらしている真っ赤な顔をしたシャンクスのまぶたにかすめるようなキス。
 赤い髪を優しく撫でてやりながら囁く。

「安心しろ。…俺も、ヨかったから」



 ――――――告白は耳元で。
>> go back