「……ソフトクリーム。顔についてる」
呆れた声で答え、右の頬を指摘する。
「そうゆうことはもっと早く言えよ」
と、赤髪の男はあわてて袖でぬぐおうとしたが、止められた。
「汚れを広げてどーすんだ、あんたは。袖にも食わせる気か?」
「なんだよ。見えないんだよッ。仕方ないだろ!」
子供みたいな仕草をする上司に、
「…ったく…」
やれやれと言わんばかりの態度で右手に持っていた煙草をくわえ、その手を赤髪に伸ばし、親指で強く、ソフトクリームをぬぐってやる。
(…あ、コイツの匂いがする)
頬に触れた右手から強く香った煙草の匂いに気をとられている間に、黒髪の副官は「小さい子みたいだな」と言って左手で煙草を持ち、指についたソフトクリームをなめた。
「! おまッ…!!」
「ん?」
「なめんなよ、そんなもん!!」
怒った赤髪は一気にユデダコ状態。耳まで真っ赤。髪の赤もあいまって、首から上が真っ赤。対する黒髪は涼しい顔で、
「何故? 別に汚いもんじゃないだろ。あんたの顔についてたソフトクリームだぜ?」
平然と言ってのけるから憎らしい。
「おれが言ってるのはそーゆーことじゃなくてだなぁッ」
「…ああ、」
紫煙を吐き、まだ大声でわめいているブラッディレッドを間近に引き寄せ――
「これでいいか?」
今さっき指でぬぐったところを、今度は舌で軽く舐めあげる。
「!!!!」
突然のことに赤髪は言葉も無く―――今度は首まで真っ赤にして、黒髪を凝視している。口をぱくぱくさせて、かわいいったらない。
「おッ…おまッ…!!」
「どうした? 突発的失語症か?」
平然と。
あくまで平然と。何事も無かったように煙草をふかす。赤髪はそんな男をにらみつける。が、「赤髪の鬼神」とも噂されるような戦闘での迫力は、そこには無い。
「公衆の面前で恥かしいことすンじゃねぇッ!!!」
「…それを大声で言う方がハズカシイと、俺は思うが。…でもシャンクス?」
閨でしか呼ばれない名を呼び、顔を耳元に寄せ。彼が自分の予想通りに体をわずかにこわばらせたので、煙草をくわえた口を ニヤリと歪ませる。
「本当はこういうこと、嫌いじゃないだろ?」
むしろ、して欲しかったんじゃないか? と。
恥ずかしげもなく言ってのける男に、赤髪のシャンクスともあろう者が、今度こそ失語した。恥かしさと、怒りと、ちょっとのテレと…色んな感情がごちゃ混ぜになって。
タップリ30秒ほど自船の副船長を睨みつけ(ただし副船長自身にはまったく恐いものではなかった)。しばらくしてようやく言えた言葉といえば。
「バカヤロ――――――ッ!!!!!!!」
その場にいた人々が思わず注目するくらいの大声で罵倒されても黒髪の副船長にはまったく効果なく、
「あんたがそう言うなら、そうなのかもな」
笑う。
それがめっちゃくちゃ悔しい。
『オトナの余裕』ってカンジがする。
――それでも。地団太踏んで悔しがっていても。
「ホラ。あっちにあんたの好きそうな果物が並んでるぜ。何がいい?」
と、さっきの態度が嘘のようなやさしい顔と声で言われれば、条件反射のように喜んで彼のもとへ行ってしまう自分がいるのだけれど。これは…ちょっと、頭悪いかもしれない。なんて思ってみたりなんかするのだけれど。
……これは仕方ないだろう。
だってやっぱり、なんのかんの言っても結局、―――好き、なんだから。
(おれってマジ頭悪ィかも…)
でも幸せなら頭悪くてもいい。
(おれの頭の悪さを補ってありあまるほどに、コイツ頭いいからなぁ…。)
「ん? どうした?」
横顔を見つめていたら、こっちを向かれてしまった。…ちょっと恥かしいカモ。あわててなんでもないって表情を装ってごまかす。
「なんでも? あ、おれ、あの黄色い果物、食ってみてェな〜!」
「はいはい…」
色とりどりの果物を前に子供のようにはしゃぎまくるシャンクスを微笑ましく思う。むしろ愛しい。
こんな嬉しそうな表情を見たら、誰だって彼の望むものをなんだってさしだしたくなるってもんだ。でもシャンクスはきっと自分がどんな風に喜んでいるのか自覚していない。どんな表情をして喜んでいるのか、彼は知らない。
自覚のなさがまた、いい。
いっそう愛しく思える。
――――自分のこと、「頭悪いかも」と思うのはこんな時。
でもまぁ、仕方ないだろう、これは。
好き、なんだから。
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「……ッくりしたァ…」目覚めはいつだって突然訪れる。この時もそうだった。でも驚いたのはそれだけじゃない。
「…夢かァ…」
確認するようにつぶやいて、目をこする。頭の中で、今見た夢の内容を反芻してみたりする。
(…うん、夢だ。夢だ夢。夢なんだよな?…夢だよ)
そりゃそうだよな、実際にコイツがそんなハズカシー真似をするわけがねェ、などと口の中でブツブツつぶやく。
後ろから包まれるように抱きしめられて眠っていたから、起こさないように気を遣いながら体を反転させて、静かな寝息を立てている男の顔を気取られないように覗きこむ。穏やかな寝顔は彼の本質を見せているようだと思った。
(あ―――…でも、いい夢見たかも)
知らず、微笑が口元に浮かぶ。
普段絶対にあんなことをしないヤツだということがわかっているから特に。…なんだかちょっと得したような気分。
「…ま、実際そんなことコイツがしたら…熱がある時だな…」
言いながら笑ってしまう。多分そうだ。…いや、熱があってもしてくれるかどうか…。
(…いいけどな。そんな恥かしいこと、望んじゃいねーし………第一、ガラじゃねェ…)
くくくッと喉の奥で笑って、眠りを貪る黒髪の薄い唇に、やわらかなキス。
「……いい夢見たぜ。…覚えてたら、話してやるよ」
今度は小さく音を立ててキスをして、ふとんをかぶりなおす。
「…おやすみ」
―――――――いい夢を。