願わくば

 事後ともなれば早々に体を離して、汗を流すか眠ってしまうのが関の山だと思っていた。
 が、どうやらこの男は違うらしいとゲオルグが気付いたのは、同じ夜を幾度か過ごした後のことだ。
 現に少し前に終わったばかりだが、カイルはゲオルグの体を拭き清めてくれたし(一応自分でやると言ったにもかかわらず押し切られてしまった)、隣から離れずにいる。
 俯せに寝転がっていたカイルが、ちらりと視線を寄越す。どうかしたのかと見つめ返せば、不満そうに声を尖らせた。
「……寒いです」
「さっき暑いと言っていたじゃないか」
「そーですけど。今は寒いんです」
 事後の気怠く湿度のある空気は、まだ部屋に澱んでいる。
 温暖な気候であるファレナであっても、冬は寒い。情事の名残を残した空気は体を温めるには及ばなかった。
 ゲオルグにしてみれば散々体をまさぐられ揺さ振られた後でまだいくらも経っていない現状、カイルの言う寒さは感じない。むしろ汗がまだ引かず、肌に浮いているほどだ。
 体を動かすのも億劫のため、ベッドに転がったまま部屋の隅を指した。
「毛布ならクローゼットの中だ」
「使っていーんですか?」
「寒い時に使わず、いつ使うんだ」
「ゲオルグ殿のじゃないですか」
 これでも一応遠慮してるんですと、説得力に欠けることを堂々言い放つ。小さく苦笑し、「今更遠慮されてもな」と許可すると、何も羽織らないままでカイルはベッドを下りた。
 目的の物を探していたのは長い時間ではない。見付けてクローゼットを閉めると早速真新しい毛布を広げ、包まってしまう。
「あったかーい!」
 ゲオルグを振り返った顔は、暗闇の中でも明瞭にわかるほど、子供のような全開の笑顔だ。思わずつられて微笑んでしまう。
「良かったな」
「ゲオルグ殿は、寒くないですか?」
 ぺたぺたと足音がし、再びベッドに上がり込む。見下ろすカイルの青は見えなかったが、暗がりでも金の髪は目立って見えた。
「俺は別に……」
 額、髪の生え際に浮いた汗を手の甲で軽く拭うと、カイルが身を乗り出して覗き込んでくる。
「寒くないですか?」
「…………」
 じっと見つめてくる眼は、どこか悪戯っぽさを含んでいる。
 何を企んでいるのやら。
 どうせろくなことではない、と思うのは過去の経験から来る勘だ。ウンと言わない限り引き下がりそうにもないということも、同様である。
 カイルが何を考えているのか(あるいは企んでいるのか)わからなかったが、折れてやることにした。
「……そうだな。少し肌寒くなってきたかもしれん」
「じゃー、風邪を引かないようにしなきゃいけないですよねー」
 我が意を得たりとばかりに頷き、屈託なく笑う。と思うと、毛布にくるまっていた両手を広げて正面から抱きついてきた。
「こうしてたら、暖かいですよねー?」
「…………」
 子供か。
 言いかけた言葉を飲み込んだ。あまりにも嬉しそうにされると、水を差すのが悪いような気がしてしまう。無邪気、というには邪気が多分に含まれているが、そんなに喜ばれるとゲオルグ自身も嬉しくなってしまうのだから不思議だ。
 ほだされたから、というのは言い訳になるかどうか。
 間近で笑う年下の男は、そんなことなど思いもよらないのだろうけれど。
 微笑み返して頷く。
「……ああ、暖かいな」
「良かったー」
 かぶった毛布をゲオルグの肩に掛けながら、頬に口付けてくる。
 特に人肌恋しかったというわけではない。だが毛布が包む空気と、触れ合った肌の暖かさに心が落ち着く。
 正面から抱きついてきたカイルは隣に回り込み、ゲオルグを抱きしめたままベッドに転がってしまう。どうやらこのまま眠ってしまうつもりらしい。
 ちらりと窓の外を窺う。――まだ暗い。夜明けまでにはしばらくの間がありそうだ。それなら眠ってしまったほうが体が楽になる。
 カイルの腕は、ゲオルグの頭を抱き込むように回されている。体格はゲオルグのほうが幾分良いため、完全に抱き込んで眠るには無理があるのだろう。わかっていても抱き込もうとするのはどういう理由があるのか。
 ゲオルグにしてもカイルを抱きしめて眠りたい気持ちが多少はある。だからまったくわからないわけではないが、それでもカイルがいつも男はむさ苦しくて嫌だと言っているのを聞いていれば疑問のひとつにも思ってしまうというものだ。
(……まあ、いいか)
 温かな体温が嫌いなわけではないし、カイルのことは好いている。この温もりに包まれているのは、幸せなのだろう。
 いつか、それどころではない日が来るかもしれないが、せめてその日までは。
「じゃーゲオルグ殿、おやすみなさーい」
 カイルが額に口付けてくる。口許を柔らかに笑ませると、ゲオルグもカイルの体に腕を回した。
「……ああ。おやすみ」
 良い夢を、と口の中で呟いて目を閉じた。
 無理だとわかっていても、同じ夢を見てみたいと思う。
 そんな自分に内心でだけ苦笑した。
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お誕生日おめでとうございました!!!!!
遅くなってごっめんなさい!!!!!!><