何かあったのだろうか。
たとえば、食べたかったケーキが売り切れていたとか、時間限定セールのケーキを逃してしまったとか、楽しみにしていたケーキが意外にまずかったとか。
他に何かあったとしても、ケーキ、特にチーズケーキ絡みのことしか浮かばないのは自分でもどうかと思うが、他にゲオルグの様子をおかしくさせてしまうような要素というのは、残念ながらカイルには思い浮かばなかった。
一応、互いの気持ちもしっかり通じ合い、やることもやっている仲であるにも関わらず、決して自分が原因ではないと思ってしまうあたりが、悲しくないとは言わない。
それを仕方ないと思ってしまうのはつまり、惚れた弱みというものなのだろう。
文句を言いつつも、カイルはゲオルグが甘味を食べているところを見るのが好きだった。幸せそうに甘い物を食べているゲオルグを見ていると、カイルも幸せな気持ちになれたものだ。あんな男でも可愛げはあるものだ。微笑ましいではないか。
それはさておき――
ゲオルグの様子がおかしい。
具体的にどこが、といえば、妙に優しいところだろうか。いや、元々優しくないわけではないのだけれど。
「カイル?」
「えっ?」
「どうかしたのか?」
「や、どーもしませんよ?」
「そうか? ぼんやりしているから、何か気に掛かることでもあるのかと思ったが」
何かあるならそちらを優先するといい、とまで言われたが、そんなものはない。
それにせっかくゲオルグといられる時間を自分から減らしてしまうような勿体ない真似はしたくはなかった。何しろゲオルグは多忙な男で、ファレナにやって来て一ヶ月程度は覚えることが多かったからか滅多に外出することはなかったが、このところはフェリドにあちらこちらと派遣を言い付かっている。それらがただの仕事というわけではなく、ゲオルグにこの国を見知ってもらおうというフェリドの考えだとわかっているから、カイルとしても自分が代わるとは言えなかった(その代わり、何度かついていったことはあるのだが)。
ゲオルグの言葉を否定するように頭を振る。
「何でもないですって。ただ、ゲオルグ殿のお気に入りのケーキ屋さん、またそろそろ限定スイーツを売り出す時期かなあって考えてただけですから」
いつもなら「そうか」と真顔で一言返されるだけで済んだだろう。
だが、この日は少々違っていた。
「……俺はいつも、そんなに甘い物の話ばかりしていたか?」
などと言って、拗ねたような表情をする。
(……それは……反則ですって……っ)
咄嗟に自分の拳を握りしめ、感情の急激な昂揚と表情の変化――つまり、トキメキとニヤケるのを抑えた。心臓がどくどくと早鐘を打っているのがわかる。
その音がゲオルグに聞こえてしまうのではないかと恐れて、カイルは口を開いた。
「やだなー、そんなことないですよっ。たまたま今ゲオルグ殿がオレの前でケーキを食べていたからふと思いついただけですから」
「そうか……? それならいいが……」
和らいだ表情でカイルを見つめてくる。
(……やめてくれないかなー、その顔……)
嫌いなわけではない。
むしろその真逆で、カイルはゲオルグのことを相当好いている。たとえば、今すぐにでも口付けてしまいたいくらいには。
近頃ずっとこうだ。
会話の最中、ふと優しげな笑顔を向けられる。
それが一度や二度ではない。
だから、勘違いしそうになってしまう。
もしかしたら――
(……ゲオルグ殿もオレのこと好きなのかなー……なーんて、思っちゃうじゃないですかー)
嫌われているとは思わないが、それでもカイルと同じように、恋愛感情を伴った好意ではないはずだ。
「……本当に大丈夫か?」
「え?」
「百面相していたぞ。また気付いていなかったのか?」
「えっ……す、すみません」
「いや、俺は面白いから構わんのだが……やはり何か心配事があるんじゃないのか? 俺で良ければ相談に乗るが」
相談なんてできるわけがないのに、何を言い出すのか。いや、これはこの男の純粋な厚意であって、深い意味はないはずだ。
しかしあまり鈍すぎるのも罪ではないか。――悟られないようにしているのだから、それで正解なのだとしても。自分ばかりが動揺しているのは少々、いやかなり面白くはない。
カイルは大袈裟に溜息を吐くと、「心配事ってわけじゃないんですが」と切り出した。
「悩みがあるんです。ゲオルグ殿にしか解決できないことなんですよ」
「俺にしか……? 俺にできることなら力になるが」
「そう言ってくれると信じてました」
満面の笑みを浮かべると、特大の紋章砲の準備は完了だ。
この後のことを考えると少しは怖いが、後のことは後で考えることにする。
「オレ、困ってるんです。ゲオルグ殿が最近妙に優しすぎて。って、勘違いしてるのかもしれないですけど。だってオレ、そんな勘違いをしちゃうくらいにはゲオルグ殿のことが好きなんですよ、優しくなんてされたらちゅーしたくなっちゃうくらいには」
勿論、恋愛感情の意味で。
付け足した後に見たゲオルグの顔を、カイルは一生忘れないと思い、一矢報いることができて満足したのだった。