朝の光の中で

 朝の清らかな光の中、腕の中に眠る人を見下ろすカイルの心境ときたら、清らかさとはまったくの無縁だった。
(そんなに無防備な顔で寝られてたら、悪戯しちゃいますよー)
 心の中で呼びかけ、吐息で笑う。抱きしめている人はカイルより体格の良い屈強な男で、以前までならむさ苦しいと一蹴していた類の人物だったが、何をどう間違えたのか混線したのか、今では一夜を共にする仲となっている。
 カイルのほうはすっかりゲオルグに夢中であり、仲間たちといる時にはいかに気持ちを抑えるか苦心惨憺であるが、対するゲオルグのほうはずいぶん冷静であるように見える。
 だがそれは彼の性格、性情のためであると、カイルはちゃんと知っていた。そうでなければこういう男が、好きでもない浮ついた自分などに何度も体を許すはずがない。
 もちろん、嫌がられないように全力で細心の注意をもって事に及んでいるため、ゲオルグを満足させていることにはそれなりの自負がある。それだけで許されているとも思わないが、要因のひとつだとは思っておきたい。
 許されている、というならまだある。カイルは頬を緩めた。普通なら傍にいる人間が目を覚ましただけで起きるが、最近は慣れてくれたのか、そうでもない。こうして寝顔を拝める機会が何度かある。とはいえ、カイルのほうがゲオルグより先に起きる機会が頻繁にあるわけではないのだが。
 窓から差し込む光は柔らかにゲオルグの精悍な顔を照らし、存外長い睫毛が右の目許に影を落とす。日頃の、鷹揚なゲオルグしか知らない人間に見せて回りたいくらいだ。
(勿体ないからしないけどー)
 日中はともかく、後朝のこの時間までは一人占めしていたい。そんなことを真面目に思う程度には、カイルはゲオルグにいかれていた。
 本当は眼帯の下がどうなっているかも気になっているし見せて欲しいと思っているが、隠された部分に嫌な思い出があるのではないかと思うと、嫌われたくなくて訊けないでいる。
 今までこんなに臆病になったことはない。過去を振り返ると気恥ずかしいが、それもゲオルグゆえだと思えば、仕方ないなと苦笑混じりに諦めることができた。
 かすかに腕の中の体が身じろぐ。小さく呻き声がして、ゲオルグが瞬いた。目が覚めたらしい。ほんの少しだけ、残念に思う。
「おはよーございます」
「……ああ」
 不明瞭な声は、まだ完全には覚醒していないから。掠れた声は昨夜を思い出させる。思い出すと、落ち着かない。誤魔化すように、額当てに唇を落とした。体温が感じられないのが淋しくて、右のこめかみにもう一度口付ける。
「もー少し寝てても大丈夫ですよー」
 そこまでして寝顔を見たいわけではない。今日は互いに非番で、まだ朝が早いからこその言葉だ。気遣いとも言える。しかしゲオルグは眠気の混ざった声で「起きる」と言う。
 その声に負けた。
「ん……なんだ? 起きると言ったぞ」
「起きてくれて全然構わないんですけど、オレも起きちゃいました」
「…………」
 正面から抱きしめたため、どこが起きているのかは伝わっただろう。抱きしめられたままのゲオルグが笑ったのが、気配でわかった。
「……朝から元気だな」
「朝だからですよきっと。オレだって別に、何も朝からとか考えてなかったですからね?」
「わかったわかった……」
 慰めるような仕草で背中を撫でられると、居心地の悪さを感じる。うろうろと視線をさ迷わせていると、唇に温かな感触が触れた。
「好きにして構わん」
 どうせ非番だと笑う目は柔らかい。
(甘やかされてるなー)
 頬のあたりがにやつきそうになるのを、腹筋を総動員して堪える。
 甘やかされるのが嫌いなわけはない。どちらかと言えば好きなほうだ。だが甘やかされるばかりではいけないとも思う。自分を甘やかしてくれるこの人こそ、甘やかされるべきだ。
 回した腕に力を篭めると、頬に口付けた。
「じゃー、お言葉に甘えちゃいますよー」
 にこりと微笑み、腰に巻き付けた腕を緩めて尻から太腿を撫でた。
 ゲオルグを甘やかすのは、終わってからでも遅くはない。ゆっくり甘えてもらおうではないか。
 あからさまな甘えではないが、カイルにわかる程度にはもたれてくれる。今はそれで良しとしようと思いながら、熱を上げ、放出する行為に没頭していった。
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