祈りの声/6

「ちょっとー、オレ何かしましたー?」
 暢気とも言える口調で、カイルは自分の前に立つ男たちを見上げた。
 理不尽な扱いである。体には縄がぐるぐると肌に食い込むほどきつく巻き付けられ、自由を奪われている。カイルの物らしい剣も取り上げられ、男たちの手にある。
 これからどこぞへ引き立てられるらしいが、そんなことをされる理由は今のカイルにはわからない。いや、ひとつある。記憶を失う前の自分だ。
 女王騎士というものは、貴族から恨まれるような身分なのだろうか。ともあれ、男たちはカイルの疑問に答えてくれる気はなさそうだった。
 このまま捕まっていても、良いことはひとつもなさそうだ。カイルが与している王子の対抗勢力に突き出されてしまえば、己の身がどうなるのか知れたものではない。
 どこかで逃げ出さなければ。
(予定が狂っちゃったなー……)
 本来ならば朝、屋敷の副主人だという少女と少年に挨拶をし礼を言って、街の外でゲオルグと合流するはずだった。思いがけず本来の主人が帰ってきてしまったから事態がややこしくなったのだ。
 主人はカイルを見知っていたらしく、驚きの声を上げ――使用人たちにカイルを捕えるように命じた。呆気にとられたことと咄嗟だったことが災いし、結果としては大人しく捕まってしまった。
 抵抗していれば良かったか。だがそれでは間近にいた少女が怪我を負ったかもしれない。世話になり、まして少女の身に何かあっては大問題だ。恩ある女性を傷付けるくらいなら自分が傷付いたほうがマシだと真剣に思う。
 そこは忘れていない、というより変わっていないのだなと、ゲオルグに笑われたことを思い出す。強面に入る部類の、むさ苦しそうな男だった。顔のタイプはカイル自身とまったく違う。ずいぶん年上であるかのような印象を受けたが、思い返せば思ったより年上ではないかもしれない。
 どんな人間なのか今のカイルは知らないが、頼りになる男なのだろう。ほんの少しの間、いくつか言葉を交わしただけでそう感じたのだから、実際はもっともっと頼りになるに違いない。
(……おっかしーなー……)
 どうしてこんな時に浮かぶのがゲオルグのことばかりなのだろう。
 記憶を失う前の自分が、よほど頼りにしていたのか。親しかったのか。いや、短に現時点では彼しかいないからなのかもしれない。ゲオルグしか知らないのだ、記憶を失う前のカイルを知っているのは。
 せっかくの手掛かりだ。失いたくはないと思うのも道理ではないか。
 だが、それだけで助けに来て欲しいというのは、いささかムシが良すぎる。せめて自力で何とか出来るところは何とかしなければ。
 縄が解けたなら、それだけでどうにでも出来そうだが、腕を戒める縄が緩む様子は少しもない。
 不幸中の幸いは、足までは縛られていないことか。
 では、後は男たちの隙を窺い、この部屋から逃げ出すことが出来れば良い。
 街の一番高いところには、レインウォール一帯を取り仕切っている、何とかいう貴族が住んでいるらしい。連れて行かれるのはどうやらそこだが、付き合ってやるほどカイルはお人よしではない。
 以前の自分がその貴族に何をしたのかはわからない。ゲオルグの話を反芻すると、単に今国権を蝕んでいる輩に対する取引材料、あるいは取り入る手段にしか過ぎないのではないか。
(冗談じゃないなー)
 そんなことに使われるためにこの街にいるのではないはずだ。何かもっと違うもののためであるはず。
 窺っていると悟られない程度の慎重さで、男たちの様子を窺う。地下牢などであれば抜け出すのも骨だったに違いないが、幸い普通の部屋だ。ドアには鍵が掛かっているが、内側からは簡単に開く。
 男は五人。目の前の、主人と思しき男とそれに従う男がひとり、用心棒か傭兵らしき男がふたり。
 もしカイルが剣を持っていたなら、恐れるものではない。――と思う。己の実力すら忘れてしまっているのにそんなことを思うのは過剰な自意識ではないかとも思うが、それでもやはり自信はあった。
 だが、己の剣は用心棒らしい屈強な男が握っているし腕は自由ではない。
(……剣は代わりがあっても、オレに代わりはないよねー)
 目的をまずこの場からの脱出に設定し、隙を窺う。要はこの男たちの目的地へ着かなければ良いのだ。
 そう思うと多少気が楽になる。
 怯えたフリのひとつでもしておくかな、と思いながら、息を吐いた。
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