雨の朝は物憂い。
窓にもたれながら外を眺めれば、晴れていれば湖で漁をするラフトフリートの者たちが湖面を反射する陽の中に美しく見えていただろうが、今見えるのは灰色の重苦しい雲からセラス湖に降る雨しかない。
景色はどこも灰色がかって見える。青い空も湖水も、緑の木々も。
重く見えるのは、だからか。
物音すらしないのは、雨が音を奪っているからなのだろう。奪われた音は雨とともに大地や湖水へ打ち付けられてなくなる。
カイルにしては珍しく詩的な物思いに耽るのも、おそらくは雨のせいだ。
「何か面白いものでも見えるのか」
かけられた言葉に、声の主を振り返る。いつの間にか目を覚ましたらしいゲオルグは、まだベッドに体を預けたままカイルを見上げている。先程まではたしかに寝ていたはずなのに、右目以外にその残滓が覗えるものはない。
素肌の胸元に付いた淡い赤が昨晩の名残だ。自分が付けたはずの痕なのに、やけに他人事めいて見える。時間が経ってしまったからなのかもしれない。
自分の体を見下ろせば同じような痕が付いているはずだが、わざわざ確認する気にはなれなかった。見て楽しいものではないからだ。せいぜい昨晩の行為を思い出し、頭を抱えて羞恥に耐える程度。それならわざわざ確認する必要はない。
「面白いものは特にないですねー……雨が降ってて、外に出てる人が少ないですし」
「熱心に見ているようだから何かあるのかと思ったぞ」
いつまでもそんな格好でいると体が冷えると、掌が背中に当てられる。体温が決して高いとは言えないゲオルグだが、この時ばかりは温かいと思った。そのまましばらく触れていて欲しい。
「何もないですよー。……あったかいですね」
「おまえが冷えているんだ」
苦笑混じりに言われ、そのまま腰のあたりを撫でられる。触れられた場所からじんわりと伝わる熱は、肌の上に張られた薄い冷えた膜を溶かすようだ。
「……気持ちいー……」
撫でられた猫のように目を細めて思わず出た言葉。深い意味など持たせたわけではないが、ゲオルグの手がぴたりと止まる。
「おかしな言い方をするな」
「なんですかそれ。フツーに感想言っただけですよー」
「ああそうか」
背筋を指先でなぞられ、とても女の子たちには聞かせられない声を出してしまった。
「何するんですか、嫌がらせですかっ」
「……せめて色気のある声のひとつでも上げたらどうだ」
「知りませんよそんなの。男にそんなもん求めないで下さい」
「自覚がなくて結構なことだ」
「意味わかんないですよー?」
「わからんならわからんで良い」
真意を糾す前に、腕を力任せに引かれ、ゲオルグの腹の上へ倒れ込む。
何事かと見上げれば、子供か犬猫のように頭を撫でられた。長い前髪がくしゃくしゃに乱される。その手に懐いてやるつもりはない。
どんなに撫でられても懐くものかと決意しながら、頭から外した手に噛み付いた。