爪切り

 ぱちん、ぱちん、と鋏が不規則に音を立てる。そのたびに落ちる爪の欠片を目で追いかけそうになりながら、隣の爪へと鋏を移動させた。
 勿論切りっぱなしにはせず、後で仕上にやすりもかけるつもりだ。そうでなければ切りっぱなしの爪先は鋭く、皮膚に食い込むことはなくても傷付けられてしまう。
「マメだな、おまえは」
 背後でゲオルグが笑う気配。カイルは「ええ、マメですよー」といささか真面目ぶって返した。
「でないと、オレの背中持ちませんからー」
「……爪を切る前に襲ってきたのは誰だ」
「オレでーす。だからお詫び代わりに切ってるんじゃないですかー」
 カイルの髪に当たった溜息は、呆れてはいるが甘さを含んでいる。何やかやと言いながら、ゲオルグは優しい。
 たしかにゲオルグの言う通り、任務を終えて部屋に戻ってきたゲオルグにおかえりなさいと言いながら口付けて半ば以上強引にベッドへ押し倒したのはカイルだ。だが疲れていると言いながらも結局は最後までさせてくれる。本当は彼を労いたいと思っているのに、顔を見て、抱きしめて、匂いを嗅いだだけでもう駄目だった。どれだけ背に爪を立てられようと、一度で体を離すこともできなかった。
 盛りのついた獣か何かのようだと自嘲したところで、自分を抑えるのはなかなか難しい。
 今もだ。
 ゲオルグの爪にやすりをかけながら、もっと触れたいと思っている。先程まで目合っていたにもかかわらずだ。裸のままくっついているのだから仕方がないと内心で言い訳をしながら、落ち着きがない自分を落ち着かせるために、丁寧にやすりをかけた。
「……はーい、出来上がりですよー」
 指先に息を吹きかけて細かな粉を飛ばすと、切り落とした爪を惜しく思いながら紙に包み、傍らのくず入れに入れてしまう。
 手は離しがたく、握ったままだった。ゲオルグに邪険にされないことをいいことに、手の甲に口付ける。剣胼胝ができている手のひらは硬いが、優しく温かいことを知っている。剣を握るこの手が、カイルの体に触れ性器をまさぐる。そういう時は優越感や背徳感がないまぜになり、興奮が増す。本能がねじ曲がっていると思わないでもないが、興奮するものは仕方がない。
 後ろを振り返ると、唇に口付けた。
「ゲオルグ殿」
 もう一回したいですと正直に告白すると、ゲオルグの表情は呆れたような、笑っているようなものへ変わる。
「本当に物好きだな」
 しみじみと言われると薄ら傷付く。一応自分でもその自覚はあった。
「しょーがないでしょー、好きなんですから」
 本当は毎日だってやりたいし腰が立たなくなるほど責め立ててみたいとも思う。さすがに嫌われてしまうかと思ってしまって出来ないでいるが、いつか機会があれば是非そうしたい。そんな妄想に比べれば、口に出してのお願い事など可愛いものではないだろうか。
 主観の違いが多分にあることは否めないが、ゲオルグは本当に、こんな自分をすら許してくれる。それはきっと、ゲオルグも自分と同じように自分のことを好いてくれているからだ、と思いたい。
「まったく……」
 免罪符にはならんぞと言いながら頭を撫でてくれる。どうにも子供扱いされているようで、それが少し悔しい。歳の差があるとはいえ、ゲオルグに頼られるような男になりたいと思う。
 しかしそれは後に回すとして――
 今は思う存分にゲオルグの肌を味わおうと、首筋に吸い付いた。爪は切ったから、もう傷付けられることもないだろう。
>> go back