優先事項

 さて、この男をどうしてくれよう。
 目の前でチーズケーキを貪るゲオルグを頬杖ついて眺めながら、カイルは不穏なことを思った。
 
 ゲオルグの甘味好きは今に始まったことではない。太陽宮にいた頃も、三日とあけずにケーキをホールで食べていたものだ。
 今はゲオルグ自身の立場上の問題や軍師の命などで外での暗躍が主になり、城に滞在する時間が短いため、あの頃に比べれば食べる機会が減っているに違いない。それはわかるし、頭では理解している。
(…………オレもしかしてチーズケーキ以下なんじゃないかなー?)
 溜息を長い嘆息で誤魔化しながら、精悍な顔が3ピース目のチーズケーキにかぶりつくのを眺める。自分の扱いが、あのケーキ以下だとはできれば思いたくないものだ。あまりに自分が可哀想すぎる。
 確かにチーズケーキを食べているゲオルグの幸せそうな顔は滅多に見られるものではない。むしろ彼と親しい者しか見られないだろう。だからといって素直に喜ぶ気になれないのは、最近彼のことを思い出すとチーズケーキを食べている姿ばかりが浮かぶからかもしれない。
 ゴドウィン家と争っている今、上辺だけは平穏だったあの頃に比べると、カイルがゲオルグと過ごす時間は格段に減った。その代わり、密度は濃くなった――と思う。にも関わらず、大半はチーズケーキに持って行かれてしまう。
(……濃くなった、なんて思ってるのがオレだけって可能性も、あるんだよねー……)
 ゲオルグがいなければ、乾いた笑いのひとつでも漏れていたかもしれない。
 ゲオルグはあまり、感情を口にしない。少なくとも、色恋沙汰に関してはそうだ。
 彼に惚れたのも告白したのも、カイルのほうから。ゲオルグが帰ってきて閨を共にするたびに歯の浮くような睦言を繰り返すのも、カイルだけだ。
(そりゃー、好きでもない相手と寝るような人だとは思っていないけど……)
 わかってはいるが、確証が欲しい。
 そんなことを思ってしまうのは、贅沢なのか。
「どうした?」
「……えっ?」
 もう食べ終わったのかと皿を見るが、まだ半分残っている。まだしばらくはチーズケーキと濃密な時間を過ごすものだとばかり思っていた。
 どうしたはこちらの台詞だ。戸惑いながら見つめ返していると、ゲオルグがふと笑う。
「いつもみたいに、俺が留守にしていた間のことを教えてくれたりはしないのか」
「オレだって、たまには考え事くらいしますよー」
 口を尖らせて顔を逸らしても、ゲオルグは笑みを崩さない。
「ますます珍しい」
「……オレのことはいーですから、ちゃっちゃとケーキ食べちゃってくださいよー」
「いや……後で食べる」
「えっ」
 意外な言葉に、カイルは思わず振り返った。
 ゲオルグが甘味より優先するものは少ない。太陽宮にいた頃なら女王騎士長の急な来訪や緊急招集、交代時間などが考えられるが、シンダルの城に来てからは王子や軍師の呼び出しや、武術指南の約束くらいのものだ。
 もしかして、誰かと武術指南の約束があったのだろうか。だが夜はもう更けている。とすると、王子か軍師殿と何か話でもあるのだろうか。それならそうと言ってくれれば、何かもっと話をしたものを。この後またすぐにゲオルグが発ってしまうと、次に会えるのは何日後か――。
 ぐるぐると考えていると、頭を撫でられた。
「大きな子供が拗ねているようだからな」
「……そーやってオレを子供扱いするの止めてくださいよー」
 抗議しながら腕を取り、引き寄せられるままテーブルに身を乗り出したゲオルグに顔を近付け、唇に口付ける。――チーズケーキの味がした。
「じゃあ、子供っぽい真似は止めるんだな」
 今度は立ち上がり、ゲオルグの傍に立つ。顔を上向かせると体を屈め、「善処します」と言ってもう一度口付けた。
 拗ねたのは照れを隠したかっただけだ。それがゲオルグにばれなければ良いと思いながら、口付けを深くしてゲオルグの服を剥いでいった。
>> go back