「うわー、やっらしー眺めだなー」
声は喜色を隠そうともしない。
こんなことなら気紛れに要望を聞いてやるのではなかった。軽く睨んでやるが、効果の程はなさそうだ。
「ダメですよー、そんな目で見ても」
そそるだけですからねーと言って寄越す顔はすっかりだらし無い。やはり血迷ってこんな男の願いを叶えてやるのではなかったと、ゲオルグは数度目の後悔をした。
その時のカイルの顔ときたら、見物だった。
ゲオルグの顔をぽかんと口を開けて見つめ、半ば以上放心しているようだった。いそいそとゲオルグの服を剥いでいたところだったから、不意打ちになったのかもしれない。
「……今、なんて?」
深呼吸を数度繰り返す程の間の後、ようやくそう返してきた時には、何とか自分を取り繕うところまでは回復したらしい。自分を押し倒しているカイルを見上げれば、怪訝そうにしている。ゲオルグの真意を図りかねているのだ。
あまり見つめられると居心地が悪く、ゲオルグは少しばかり視線を逸らしながら答えた。
「だから、何かして欲しいことはないのかと聞いている」
ないのかと早口で問えば、慌てたように「ちょっと待ってくださいよー」と思案顔をする。ないわけではないらしい。
自分を押し倒したまま百面相のように表情を変えて悩む男の顔は、正直見飽きない。このタイミングで言ってみたのは思いつきだが、言ったことは少し前から考えていたことだ。
普段、何かと理由を付けては纏わり付いて話しかけてくるくせに、こういう時には黙りがちになる。何を考えているのかわからないが、わからないからこそ気になった。纏わり付くカイルを邪険にするのは人前だからで、実際本当に鬱陶しかったなら易々と押し倒されることなどありえない。
たまには甘やかすのも良いかと仏心を出したのが間違いだった。
「何でもいいんですかー?」
「……できることならな」
百面相の後の全開の笑顔は、不吉な予感を思わせるには充分だった。頬を撫でられ、額宛に口付けられる。
「ゲオルグ殿なら大丈夫ですよー」
何がだとは心の中で毒づき、カイルの要求を待つ。
最初の後悔はその後、出された要求を聞いた後に襲われた。
「ゲオルグ殿がしてくれるって言ったんじゃないですかー」
今更オレだけやらしいとかはないでしょ、と軽く告げられる。素直には頷きがたいが、こういった関係を甘んじて受け入れている以上、強く反対もできない。
だが、にやにやと笑う顔には拳を叩き込みたくなる。そんな危険を察知したわけではないだろうが、ヘッドボードにもたれてゲオルグが性器を受け入れていく様を眺めていたカイルが、ゲオルグの頬へ手を伸ばす。
「ゆっくりで構わないんで、ちゃんと全部入れてくださいね?」
こめかみから流れる汗が顎を伝ってカイルの腹に落ちる。
ゆっくり息を吐きながら体の力を抜き、腰を落とす。意趣返しに中を締めてやるとカイルの形の良い眉が寄る。
「っ、あんまり、締めないでくださいよー」
イッちゃうでしょ、と苦笑混じりに言う顔は年下らしい。それをかわいいと言えば、機嫌を損なうのだろう。何しろこの男はゲオルグより年下であることを気にしている節がある。ゲオルグにしてみれば些細なことだが、この男にしてみればそうではないらしい。妙なところを気にする男だ。
更なる仕返しのつもりか、ゲオルグの性器を握りこんでくる。そうすればいっそう締め付けてしまうことはわかりきっているだろうに。案の定息を飲む気配があったが、にやけた顔に変わりはなかった。
指先で先端を弄りながら、上体を起こして喉許に口付けてくる。
「ゲオルグ殿」
「……な、んだ……?」
「動いていいですかー?」
表情は切迫さはないものの、青い瞳には欲の灯がありありと燈されている。息を呑んだ。小さく頷くと、腰と背に腕を回されてシーツへ押し倒される。多少勢いがあったのは仕方がない。
膝裏を抱えられて足を広げられると、
「がっついちゃいますけどすみません」
我慢できないんで、と言い訳を寄越して腰を動かす。宣言の通り、動きは始めから性急だ。奥まで突き上げ、入口まで引き抜く。深くを立て続けてえぐられたと思えば、浅いところでの抜き挿しを繰り返された。
「っ、く……う……」
「は……ッ、」
荒くなる呼吸は熱を帯びた。抽挿のたびに漏れる音は次第に湿りを帯び、聴覚からも行為の淫靡さを増させる。
ゲオルグの腰を掴んでいた片手が、腹の間で震えていた性器へ及ぶ。動きに合わせるように乱暴な抜き上げだが、熱を煽るには充分だ。
見上げたカイルの顔は熱に浮かされたような顔でゲオルグを見下ろしている。やはりかわいいと思う程度には、ゲオルグの頭もいかれているかもしれない。
だって仕方がない。
こんな、どこを見ても男でしかない――カイルの基準でいえば「むさ苦しい」――男に、興奮して欲情する男だ(女好きは相変わらずのようだが、その理由はわかっていても指摘しないのが優しさである)。
ゲオルグの言動に一喜一憂するような、それを隠しているつもりで隠し切れていない、迂闊で一生懸命な男だ。ゲオルグでなくとも何かしてやろうと思わされるのではないか。
「……ッ、カイル……ッ」
限界を訴えれば、眼帯の上から目許に口付けられた。
「んっ……オレ、も……」
ゲオルグ殿良すぎ、と笑み混じりに言われても素直に喜べはしないが、文句より目前の限界のほうが問題だ。
シーツを掴んでいた腕を取られ、カイルの首へ回される。より深い密着は互いの熱を煽る気がした。動かれ、動くと、指が汗で滑りそうになる。回した腕に力を少しだけ篭めた。ほんのわずか、嬉しそうな表情をするカイルを見ると、ゲオルグも嬉しくなる。
腰を打ち付けられるほど強い抽挿。狭い中を好きに蹂躙する性器に性感が高まる。さすがにあられもない声は上げられず、カイルの肩に噛み付いた。背を強く抱きしめられ一番奥で熱が弾けると、間を置かず、ゲオルグも欲を解放した。
荒い呼吸と共に、シーツに埋もれる。カイルの手が、額に張り付いた髪を払ってくれた。呼吸を整えながら抱きしめられると、首に回していた手で汗が流れた背を撫でる。
「もー……ゲオルグ殿、サイッコー……」
うっとりとした声で言われても、なんと返せば良いのか。そうか良かったなと他人事のように言うと乱れた長い髪を梳くように撫でた。
「またお願い聞いて下さいねー」
にこにこと邪気のない笑顔で要求されても、すぐに頷けるものではない。そうそういつも甘やかすものか。
「…………いつか、な」
それだけ答えると、いつですかと訊いてくるカイルの唇に口付けてやった。