勢いで押し倒した男の腕を床に縫い止める。膝の上に乗り上げたが、本気で抵抗されればあまり意味を為さないことはわかっていた。それでもそうせずにはいられない。――逃げられたくはなかった。
石造りの床は空気より冷気を孕み、ひんやりしている。床に当たった背は冷たいだろうか。そんなことがカイルの頭を掠めた。それを振り払うように組み敷いた男を見下ろす。
彼は――ゲオルグは、どうしてこんなことをされているのかわからないというような表情でカイルを見上げていた。その表情に苛立たされる。
「……あんた、わかってんですか」
言葉には苛立ちという名の棘が含まれていた。抜こうとは思わない。ゲオルグが悪いのだ。
小さく息を吐き、吸うと目に力を籠める。
「それともオレを馬鹿にしてるんですか」
戸惑った金の瞳がカイルを見つめる。言葉の真意を推し量ろうとしているようだった。そんなことをしなくとも、言葉以上の意味などありはしない。
「オレは今から、あんたをヤろうとしてるんですよ。抵抗くらいしたらどうなんですか」
一息に告げると、沈黙が下りた。居心地の悪い沈黙。だが拘束を解こうとは思わなかった。解こうと思うなら、ゲオルグが本気で抗えば、カイルの力などものともせずに逃げてしまえるはずだ。
そうしないのは、どういうわけだ。
睨むようにひとつきりの瞳を見つめた。ゲオルグは一度、視線から逃れるように目を伏せ、次いでしっかりとカイルの視線を受け入れる。
「馬鹿になんかしてない。……なんでおまえのほうが泣きそうな顔してるんだ」
「泣いてなんか……!」
反射的に左腕で目のあたりを擦る。水の感触はなかった。
拘束を解かれたゲオルグの右腕が、カイルの頬を捉える。触れる間際、大仰なほど体が震えた。
「俺を傷付けるつもりで、おまえが傷付いてどうする」
かたい指先、暖かなてのひらの感触は優しかった。
思わず泣けてしまうほどに。
「…………っ」
泣き顔を他人に見せることほどみっともないことはない。カイルは体温に惹かれるように、ゲオルグの体を抱きしめた。
冷たい石床に押し倒されていたとは思えないほど、背も胸も温かく、叫び出したいほどやさしかった。