予感はあった。カイルがこの部屋を訪れるであろう、と。
いや、予感ではなく確信だ。
彼のいつもの行動パターンを思い返せば、おのずと確信できることだった。その程度には付き合いがある自覚はある。
物好きな男だと、他人事のように思う。女王騎士のカイルといえば、ソルファレナでは女好きの代名詞だった男だ。素行に問題があると糾弾されたのは一度や二度ではないと聞く。
そんな男が、物好きにもゲオルグの部屋を訪れる。――ある意図を持って。
それは本能に近い部分で、戦場に立ったことがあるならわかる気の高ぶり。ゲオルグにも覚えがないわけではない。だから付き合ってやろうと思ったのだ。軍内でごたつくより、そのほうがよほど良い。
己から出向くこともあったが、それよりカイルがやって来ることのほうが多い。
枕元に置いた幅広の刀に視線を遣った。もしかしたら今夜必要なのはこちらのほうかもしれなかった。それで気が静まればいいのだが。
気忙しいノックが数度なされる。短く返事を返せば、やはりカイルだった。昼間の女王騎士の装束ではなく、新しい装束だ。ぼろぼろになっていたから着替えたのだろう。さすがに回復魔法で服までは元通りにならない。
かつかつと足音を響かせ、ソファに座っていたゲオルグの前に立つ。
「遅かったな」
「待っててくれたんですかー?」
「いつものことだろう」
肩を竦めると、カイルも同様に竦めて見せてくれる。
「一応、これでも遠慮して色々考えてるんですよー? いつまでもゲオルグ殿の手を煩わせちゃいけないなー、とかー」
「殊勝だな」
「行動にも移してみたんですけどね……やっぱり無理でした」
全然足りません、と笑顔で告げてくる顔はいっそ、無邪気にすら見える。 普段穏やかで冷めたようにすら見える青い双眸は、今その色を変えている。
(なんて眼をしているんだ)
間違いなく高揚しているのだろう。ただその眼は、とてもこれから情事を行なおうとする者のものではない。戦場で、剣を振るっている時に見る眼光。
もしかしたらゲオルグも同じ眼をしているのかもしれない。だがそれを隠すだけの器用さ、場数は踏んできたつもりだった。ストレートに現れる分、カイルはまだ若く、経験が浅い。
彼もそれを一応はわかっているから、戦闘後も忙しなく動き回っているのだろう。せめて忙しさで気が立っているだけだと思われるほうが良い。
腰を屈めたカイルが口付けを寄越す。手順を踏むつもりがあるだけマシか。だがそれもどこか性急で、焦れているように感じられる。
ちょうど良いと言えばちょうど良い。ゲオルグにしても戦後には違いなく、枯れるというにはまだまだ早い歳だ。煽られればそれなりにその気になる。
「ベッドまで待てんのか」
「場所なんてどこでも一緒でしょう」
それはそうだが、後のことを考えるとそうも言っていられない。明日動けなくなるのは互いに色々とまずい。
一度唇を離し、立ち上がる。すぐにまた口付け、服を脱がし合いながらベッドへもつれこむ。
すぐに喰らいつくか、時間をかけるか。いずれにせよ、一度では終わらないとは思った。
荒い息を整えようと肩が上下する。体内を好きにしていたものが引き抜かれると、カイルはベッドに沈み込むと体を弛緩させた。今は体の汚れを拭う気にもならない。
腕を上げる気にもならない体を、ゲオルグが拭う。
「……マメですねー」
「後で文句を言うのは誰だ」
それは言うけれども。
思わず苦笑してしまった。しかしそれを差し引いても、マメではなかろうか。逆の立場だったとして、カイルがゲオルグの体を拭うかどうかは不明だ。自分で認めるのは嫌だが面倒だとかではなく、体力的な問題による。
ごろりと仰向けに寝返りをうつ。関係を持った初めの頃に比べれば、ずいぶん楽になったものだ。
それにしても――
いつの間にか整った息を吐くと、体を起こした。ベッドの端に腰掛けていたゲオルグの背にぴとりとくっつく。
「……元気じゃないか」
「回復したんですよー」
体をよじるようにして振り向いたゲオルグの顔に顔を寄せる。触れ合った唇から舌を出し、舐めた。舌先でつつくように唇の間をノックすると、薄ら開いて応じてくれた。
舌の動きを楽しんでいるうち、口付けはより深いものへと変わっていく。口腔を侵し合い、素肌に触れた。徐々に身の内に熱が溜まっていく感覚は、行為のたびに押さえがたい興奮と歓喜をもたらす。夜まで魔物と戦っていたなら、なおさら。
沸き立つ。
言葉の通りだ。二度や三度で熱がおさまるかどうか。
(まー、いっかー……)
それならそれで、飽きるまで付き合ってもらえば良い。――己の腰が立たなくなるのが先かもしれないが、そうなったらなったで構いはしない。
ほんのわずかでも唇が離れるのを惜しむように、互いの体をまさぐり合う。大きく硬い掌が首筋や胸、脇腹を撫でていくだけでも興奮できる。
倒した魔物は、ゲオルグにとっては余裕かもしれないが、カイルや他の仲間たちにしてみればいくらか格上の魔物だった。だから余計に神経が高ぶっているのだろう。
「んっ……ぅ、ン……」
声が鼻に抜ける。どこか甘ったるい気がして好きではないが、今は昂ぶる材料となるなら構わない。強く舌を吸われたかと思えば口腔を蹂躙される。唾液すら奪われた。
脳が痺れる感覚が良い。熱に浮かされたように先を求める。
「……は、あ……ッ」
乳首を押し潰すようにいじられる。捏ねて摘まれ、吐息とも喘ぎともつかない声が漏れた。
指が、先程までゲオルグの性器を銜えていたところをこじ開ける。たいした抵抗もせずすんなり受け入れたそこから、指わ抜かれるたび中で出された体液が漏れてくる。良いとは言い難い感覚。すぐに粘着気味の水音が響く。
どちらの口から響く音か。淫猥な音と、中でばらばらに動く指に思考を乱された。どこをどう弄れば良いかなど、とうに知り尽くされている。負けじとゲオルグの肌に触れていたのは初めだけで、腰や背を撫でていた手の動きは途切れがちだ。
「ッあ、あ……っ、じらさない、で……」
「気持ち良さそうじゃないか」
「きもち、い……ですけど、っ……足り、ない……」
「そうか?」
中で蠢いていた指が、一点を撫でるように、突くように攻め立てる。たまらず悲鳴を上げた。
「良い、だろう」
喉の奥で笑う声。細められた右目は獰猛にカイルを見つめる。追い詰められるような感覚に、体の熱が煽られていく。
「……っ、……アッ、あ……!」
嬲るように蠢く指。獣じみた眼差し。
ゲオルグも興奮している。それがわかれば、優越感に浸れた。
傭兵としても一流で、他国では将軍にまで上り詰め、ファレナでは女王騎士になった男。そんな男が、今はこの身に夢中で食らい付いているなど、誰が想像するだろう。この男の旧友、カイルの恩人ですら予想だにしないに違いなかった。
それは我が事にしても同様ではあるのだが。
中を好きにまさぐられたせいで、勃ち上がった性器は震え、また先走りを零し始めた。口付けは相変わらず続いていて、いい加減、顎が疲れてくる。先程まで乾いていたと思っていたのに、口の端からは唾液が零れて痺れた顎を伝う。
ようやく口が解放されたと思えば、喘ぎが止まらない。はしたないだとか欲に溺れているだとか、そんなことは思考の外にあった。
「んっ、あ……アッ、ああ……っ」
指で攻められていたのはそう長い時間ではないはずだ。抜かれると、次に当然やってくるであろう質量を待つ。が、入れられもしない。
何故かとゲオルグを見上げれば、舌舐めずりせんばかりの表情で見下ろされている。背を何かが駆け抜けた。
「なん、ですか……?」
「物足りなさそうな顔をしているな」
「当たり前、でしょー?」
早くとねだれば、乾いたかたい掌で下腹を撫でられた。ただそれだけで肌が粟立つ。
「物足りないのは俺も同じだ」
言われ、体を反転されてゲオルグを見下ろす形にされる。この男が何を言わんとしているのか、それなりの付き合いがあればわかる。
咎めるように睨んでも効果はなく、涼しい顔でカイルを見つめてくる。憎らしい男だ。仕方なく、体を下方へずらす。脚の間に体を割り入れると、股間へ顔を埋める。
先程、己の体を嬲っていたモノを支えると、幹を唇で横銜えた。舌先で擽るように舐め、あるいは煽るように舌全体を押し付けるようにぬめらかな刺激を全体へ与える。
「……ん、……」
性器の裏側の筋を支えた指先で辿り、先端の敏感な部分を唇でやわやわと食む。掬い上げるように舌の上で転がし、鈴口を割るように舌先で突いた。徐々にゲオルグの性器が熱を孕み、質量を増していくのに興奮する。触れてもいない己の性器が熱を帯びていくのがわかった。
普段涼しい顔をしているこの男も、今興奮していないわけがない。
今までも戦の後、何度も肌を重ねてきたが、平時より数段激しさと執拗さが増す。普段は事後に雑談を交わす余裕があるのに、戦後の事後は気絶するようにして眠りに落ちることが多い。それは今宵も同じはずだ。
求めるし、求められる。
体力の違いを考慮せずのまぐわいは、頻繁には体力的にも無理があるが、たまにならば良い。溺れそうで溺れないぎりぎりのラインが心地良い。
「ふ、ぅ……ンッ、ん……」
無意識に手が己の性器へ伸びようとするのを止める。どうせ触れるなら己の手で、より、この男の手のほうが良い。
先端だけを咥え込んだまま、陰嚢から幹を撫で上げる。息を飲む短い声に興奮した。充分な硬さになった性器から口を離すと、もういいだろうと太腿を跨ぐ。ゲオルグを見下ろすと笑った。今の己はずいぶん淫蕩な表情をしているに違いない。それがゲオルグを煽る材料になるなら、それで構わなかった。
「も……我慢、できない……」
何と言われようと、早く快楽が欲しい。
体の奥深くまで抉られ、掻き回され、突き入れられ、滅茶苦茶に乱され、気が狂うほど感じられる、あの快感が欲しい。
「そんなに我慢できないなら、ひとりでできそうだな」
「や、ですよー……」
ゲオルグの性器を支えながら、自ら宛がって腰を落としていく。先程で慣れた後孔は、性器の侵入を妨害することなく貪欲に収めていく。すべてを収めきる前に腰が揺れ出してしまったのは、我慢が足りなかったからか。
ゲオルグが首筋に口付けを落とし、掌が胸や背を撫でる。たったそれだけで、もう達してしまうのではないかと思った。
「っは、ぁ……ッ、んんっ……! も、っと……さわって……」
揺れる腰の動きを阻害するものはない。ねだりながら内壁の深いところ、浅いところで小刻みに揺れる。それも最初だけで、すぐに腰の動きは大きなものへ変わった。
首筋から伝う汗が、胸から腹筋へと流れる。咀嚼するような水音に、耳から脳を犯されてしまう錯覚に陥りそうだ。
「……動けばいいってもんじゃ……ないだろう」
まだ薄らと余裕が透けて見えるゲオルグが憎らしく、眼帯の上から爪を立てて見下ろした。
「だったら……、ゲオルグ殿も、動けばいい……でしょ……ッ」
大きく息を吐く。視線の先にいる男が笑った気がしたが、気のせいだったかもしれない。腰を抱かれ、繋がったままベッドへ押し倒されてしまったから断言できるほど見ていられなかったのだ。
「動いてやるが、おまえも動けよ」
喉の奥で笑う声。背筋を何かが駆け抜けた。
両足を逞しい腰に絡め、さらに奥へ導くように密着する。
言われるまでもない。
言葉は返さず口の端をつり上げて笑うと、中を掻き回される。背を弓なりにしならせ、髪を白いシーツに散らばらせ、もっととねだった。
夜明けまでまだ刻はある。まだまだこの時間を、悦楽を味わっていたいと、腰をよがらせながら願う。
ゲオルグも同じ気持ちであれば良い。
いや、きっと同じだからこそ、何度も体を繋げているのだろう。そうでなければ過ちと言い切れる一度や二度はともかく、それ以降があるとは思えない。
触れられていないカイルの性器がふたりの腹の間で雫を零し始める頃には、カイルの目の端にも微かに涙が浮かんでいた。