はてさて、この頃の自分はどうしてしまったのだろう。
とある条件下のもと、脈拍数の上昇、一部における皮膚の紅潮、思考の散漫、一部筋肉の弛緩と緊張、その他の体調変化が如実に現れる。
そういう現象が起こることは、別に構わない。よくあるといえばよくある現象だ。
だが「とある条件」というのがなかなか面倒だった。
「カイル殿、どうかしたのか」
「え……うわ!……痛ッ!」
突然視界に入った顔に驚き、後退ったら背後の木に頭をぶつけた。後ろ頭を抱えると、呆れたような声が寄越される。
「大丈夫か……?」
「え……ええ、大丈夫ですよー」
サボりの現場を見られたことより、今間抜けなところを見られてしまったことのほうが衝撃が大きい。痛みを堪えながら見上げると、声と同じく呆れていた。
ほんの少し、自分が情けない。常に格好つけていたいわけではないが、好んで格好悪いところを見せたいわけではない。この男の前ならなおさらだった。
気を取り直して身を正す。
「それより、どうしたんですかー? わざわざこんな所まで……誰か呼んでました?」
「いや……」
「……?」
この男が言い淀むなど珍しい。そんなに言いにくいことでもあるのだろうか。確かに知り合って日は浅いが、妙な遠慮をされるようなことをした覚えは、まだない。
ふと思い付いたことは、女王家の近衛としてはなかなか不謹慎なことだった。「まさか、」
「ゲオルグ殿もサボりに来たわけじゃないですよねー?」
まさか、と心の中で繰り返しながら問う。「そんなわけあるか」とか、「カイル殿でもあるまいし」とでも返されるかと思った。だが言葉は返されず、やはり沈黙のみ。
この男でもサボることがあるのか。
新米のこの女王騎士は、他の女王騎士――ガレオン、ザハーク、アレニア――のようにカタいばかりの男ではないことは、敬愛する型破りな騎士長閣下の友人であるということからも承知している。
だが、自他共に認める不良騎士の自分と同じように勤務時間中にサボる男だとは思わなかった。さらに親近感が湧く。いや、親近感ではないか。
知らず、笑みが漏れた。
またひとつ、この男を好きになったと言ったら、この男は笑うだろうか。この想いを知らせることは考えていないから、それは妄想でしかない。だが、なんという幸せな妄想だろう。
「……なんだ、その顔は」
「え?」
知らぬ間に、頬が緩んでいたのかもしれない。こんなところで自分の評価、好感度を下げたくはなかった。掌で片頬をさすりながら、言い訳をする。
「えー、なんかこう、意外だなーって」
不審に思われては元も子もない。カイルとしては是非とも仲良くしたいのだから。
「赤月帝国でもそうだったんですかー?」などと言葉で誤魔化しながら、いつまでもこの日だまりで二人でいられればいいと願った。
この頃の自分がどうしたかなど、あれこれ考える必要もない。本当は自分が一番よくわかっていた。
恋に落ちただけだ。この年上の新米女王騎士に。
胸が高鳴り、動悸や、時に起こる目眩も、すべてこの男に恋をしているから。まったく、女好きの不良騎士が聞いて呆れる。他人に知られれば、笑われるか軽蔑されるか。あまり楽しい結果が待っているとは思えない。
女性とは真逆すぎて――いや真逆だからこそ惚れたのかもしれないが――、フェリドあたりに知られれば絶対に椰揄されるに決まっている。
歓迎したくない事態だが、それ以上に回避したいことがある。ゲオルグに疎まれ避けられてしまう危険性だ。それだけは回避したい。なんとしてでも。
いつまでただの同僚、うまくいっても友人として我慢していられるか、自信はない。限界がきたら、きた時に考えることにするとして、今は小さな幸せを噛み締めていたかった。
自分がそんなに我慢強い人間ではないと思い知らされたのは、この日からそう経っていない日のことになる。