炎の色をした氷

「まったく、苛つかされますね」
 にこやかな笑顔を浮かべているにもかかわらず、ガラスの下、赤い眼には笑みなどまったく見えなかった。
 口調が穏やかで優しげである分、得体の知れなさが増す。
「どうしてそう、私を苛つかせるようなことばかり好んでするんでしょうね? 本当にあなたは私を苛つかせるのが上手だ」
「そんなこと、した覚えは」
「ないとは言わせませんよ」
 言葉尻をジェイドに奪われ、カイルはくちびるを噛んだ。
 ジェイドの言う通り、何かをした覚えがないわけではない。だが、この男がそんなに怒るようなことだとは思わなかった。それは確かだ。
 俯いた顔に、手袋をしたままの指がかかる。強引に上げさせられた。視線を逸らそうにも、赤い眼が許してくれそうにもない。
「……謝罪の言葉は?」
「…………」
「言えないんですか? 口もきけない? そんなはずはないでしょう」
 顎を掴まれ、顔を引き寄せられる。自分と対照的な色をした瞳は、色とは真逆の氷の冷たさを湛えている。
「言えないんですか?」
「……、……」
「それとも、言わせて欲しいんですか。……仕方ないですねぇ」
 手がかかる人だ、と笑みの形のままの唇が紡ぐ。それは嘘だろうと思うが、口に出すことはしなかった。
 指が、女王騎士服の留め具を外す。行動は荒いようでいて、乱暴とは程遠い。さすがに胴当ての構造はわかりづらかったようだが、それでも脱がす手に淀みはなかった。
 逃げられる、はずだ。
 手を掴まれているわけでも、拘束されているわけでもない。
 ただ――見つめられている。それだけなのだから。
 睨まれているのとは違う。観察されている、と言ったほうが近い。ジェイドは口元に酷薄な笑みを浮かべたままで、カイルの青い眼を射るような強さで見ている。
(そうか……)
 眼だ。
 この眼の強さがカイルの自由を奪う。指を動かすことすら出来なくさせる。――それがわかったところで、現状から逃げ出せるわけでもない。
「どうしたんですか?」
 すっかり大人しくなって。
 喉の奥の笑い声が響く。まるで獣のようだ。カイルはすっかり飲まれてしまっていた。
 言葉を発しようと、カイルのくちびるが戦慄く。
「だ、れの……」
「あなたのせいでしょう」
 最後まで言わなかったのに、冷えた言葉が返された。本当に自分だけのせいなのか。思っても返せない。
 きっとジェイドもそれをわかっている。
 わかっていて、こんな――いたぶるようなやり方を選んでいる。それが効果的だと知っているからだ。
 知られているからといって自棄になることもできず、カイルはまたくちびるを噛んだ。何をされるのか。以前を思い出して、視線から逃れるように顔を背けた。
 指先は冷えているのに、頭は熱い。
 下衣姿にされると、胸をてのひらで押され、ベッドのヘッドボードへ追われる。
「謝罪の仕方も知らないようですからね。教えてあげますよ」
 この場ではなく、別の場所だったなら。そんな言葉ではなく、別の言葉だったなら。役に立たない『もしも』をいくつか数え、カイルは目を閉じる。少しでも、あの暴くような赤い眼勢から逃げたかった。
 早鐘のような鼓動の意味は、内心で否定した。
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