夜分遅くに帰って来たゲオルグを上機嫌で彼の部屋で迎えたのは、何も酒を飲んだ勢いで程よく体が高ぶっていたから、だけではない。
二十日近く顔を見ていなかったので、たまには会いたくなった。そういう気分の時だったのだ。それもゲオルグが長い単独行動から湖に建つ城へ戻ってきたからこそのことに違いない。
部屋に入るなりゲオルグが顔を顰めたのは、部屋中に酒の臭いが篭っていたのかもしれない。
「久々に会ったっていうのに、その顔はひどいんじゃないですかー?」
「元凶が何を言う」
どれだけ飲んだら頭から酒を浴びたような、部屋で酒をぶちまけたような臭いになるというのか。ぼやくように言われ、盛大に溜息を吐かれる。
そんなに臭うだろうか?
「発泡酒から始まってー、ワインでしょー、蒸溜酒でしょー、発酵酒でしょー」
「それぞれどれだけ飲んだんだ……」
「さー? あわせて一樽くらいはいったかもしれないですがー?」
いくらカイルが酒好きとはいえ、それだけ飲むことは滅多にない。面子が悪かったのだ。ヴィルヘルム、ミューラー、ログ、キサラ。珍しいといえば珍しいかもしれないが、思いの外話が弾み、普段なら制止役に回っていただろうミューラーやキサラまでがノンストップで飲み続けた。
ミューラーとログが酔い潰れてお開きになったが、そうでなければまだ飲んでいたかもしれない。
「これでも風呂に入ったんですけどねー」
「今おまえの体を流れているのは血ではなく、酒精だな」
「かもしれないですねー」
「どうりで湯が減っていたわけだ」
ゲオルグは手にしていた外套を椅子にかけるとソファでだらけていたカイルを無視してベッドに倒れ込むように横たわる。それを追うように立ち上がると、ふらついた足取りのままベッドに近付き、横たわったゲオルグの上に倒れ込んだ。
酔っていなければ、ゲオルグがそんな風にベッドに入ることが珍しいと気付いたかもしれない。だが、アルコールによって注意力は欠如していたのだ。
また溜息を吐かれる。
「……大人しく寝ろ」
「やー、ですよー」
抱きついたまま口付けると、嫌な顔をされた。もう一度口付けようとすると、掌で防御されてしまった。
「もー、なんですかー、この手はー」
「酒臭いのは御免だ……」
「じゃーゲオルグ殿も飲めばいいじゃないですかー」
「俺は寝る。飲むならどけ」
「え――、まだ宵の口でしょー?」
「充分夜中だ。それに俺は疲れている。……明日にしろ」
「でもオレは……、」
「うるさい」
低い声は大の男を充分に怯ませるだけの強さがあった。だが酔っぱらいのカイル相手では、効力は半分以下でしかない。
それがわかっているのだろう、片方の目で睨み上げると不意に腕を回された。抱擁、というよりきつい拘束だと思っていると、ごろりと横向きになったゲオルグに抱き込まれる。これでは枕かクッションのようだ。そんな扱いは望んでいない。
「ちょっとー、ゲオルグどのー?」
もがいてみても、腕の拘束はきつい。ちょっとやそっとでは崩れそうにもなかった。
「寝る」
一言宣言して目を閉じたかと思うと、数秒後には寝息が聞こえてきた。――いくらなんでも早すぎる。
「ちょっ……オレ、ヤりたかったのに……!」
たとえゲオルグが眠っているとしても、いくらでもやりようはある。だが、それも体の自由がきけばこそ。両腕を体ごと、きつく抱きしめられているこの状態では、それも叶わない。眠っているのは確かなのに、なんという馬鹿力なのか。
しばらく待てば、腕が緩むこともあるかもしれない。だが、それを待つには腕の中が心地良すぎた。暖かいし、全身で感じる鼓動は鎮静作用でもあるのか、昂揚もわずかに落ち着いた。そしてどのみち動けない、となれば、眠くなっても仕方がない。
起きたら覚えててくださいよと疲労が透けて見える寝顔に何とか口付けると、いくらもしないうちに意識は眠りの波に攫われてしまった。