「あーもー、つっかれたー」
部屋に入るなり大きな溜息を吐きながら、椅子に身を投げ出すように座る。いや、正確には椅子の上ではなく、椅子に腰掛けていたゲオルグの上に、だ。当然文字通り尻に敷かれたゲオルグは不愉快そうに顔を顰める。
「……どけ」
「やですよー。疲れてますから」
「俺も疲れているんだが?」
「オレより体力あるんだから、大丈夫でしょー?」
無慈悲にそう言うと、ゲオルグの胸にもたれかかる。硬く座り心地が良いとは言えないが、木の椅子に直接座るよりはマシだ。
深い溜息を細く吐き出し、少し顔を後ろへと向ける。
「ゲオルグ殿ー、脱がせてくださーい」
「……自分で脱げるだろう」
「脱げませーん。腕怪我したんでー」
「………………だったら医務室に行けばいいだろう……」
わざとらしい溜息を吐いて見せるのは気に入らないが、そんな態度を取りながらも結局はカイルの要求を飲んでくれるのだ。
脇から差し込まれた手が騎士服の上着のボタンを外す。上着を肩から脱がせ、簡単に畳むと手を伸ばしてテーブルの上に置かれた。おそらく暗闇でも互いの装備を澱みなく外せるであろう。何度ともなく脱がされ、脱がしてきたのだ。それが何の役に立つのかと問われても、とりあえずはひとつの目的だけでも済ませられるのであれば良い。
しゅるりと衣擦れの音を立てて襷が解かれ、胴当ての留め具を外し脱がされると、体を拘束するものがなくなる。体が軽くなり、疲労が半減した気がした。演習のせいで汗臭いとは思うが、それはお互い様だ。汗を流せば良いのだが、今は立ち上がるのも億劫だった。
仕上げにとばかりにブーツを脱ぎ、袴を脱いでしまえばいつでも眠れる格好になる。袴の紐を解くと、ブーツは自分で脱いだ。脱ぎ散らかすと、ゲオルグの膝に横向きに座り直す。
眼帯で隠されていないほうの半顔を見下ろした。肉の薄い精悍な頬、切れ長の目尻には朱が刷かれている。カイルよりずいぶん男らしい造りの顔を引き立てているように見えた。――ほんの少しだけ気に入らない。
右手を頬のあたりから眼帯に触れる。人差し指の爪先で、眼のあたりの布地を軽く引っ掻いた。ぴくりとも動かないのが小憎らしい。
いっそ残った眼を抉ってやれば、表情のひとつでも変わるだろうか。いやそれではつまらない。瞳が普段とは違う色を見せる時、それを見るのがカイルは好きなのだ。抉ってしまうとその楽しみがなくなってしまう。その時ばかりはさすがのこの男も余裕をなくしていて、それがまた気に入っているところ。
眼帯からこめかみ、耳を撫でて顎、顔の輪郭を人差し指の背でゆっくり辿る。カイルが気に入っている金色は、迷惑そうにカイルを見つめていた。口許に含ませた笑みを返して、左手をゲオルグの腹のあたりへと延ばし、ベルトの留め具を外そうとする。だがその手はやんわりと外されてしまった。軽く抓っても表情は変わらない。
「せっかくここまで脱いだんだから、シャワーでも浴びません?」
「先に入ったらどうだ」
ひとりで、とつれない言葉を投げつけられても、表面上は笑顔を保った。よくゲオルグに胡散臭いと言われる顔だ。言われるたび、この男にそんなことは言われたくないと思う。
この男が素っ気無いことくらいは先刻承知の上だ。
「面倒だから一緒に入りましょー?」
「……体を洗うのが面倒だと言うんだろう」
「わかってるじゃないですか。ついでに連れてってくれると嬉しいなー」
咽喉の奥で笑いながら言えば、膝の裏と背を支えるようにして抱き上げられ、すぐに浴室へと運ばれる。この程度のことならいつものことだと諦めているのかもしれなかった。
運ばれるのを要求したのはカイルだが、運ばれるたびにほんの少しだけ機嫌が悪くなることをこの男は知らない。それはこの男の責任ではない。わかっていても機嫌が悪くなるのを止められないのは子供じみた嫉妬のせいかもしれなかった。だがそれも認めたくはない。
そういう時は、他の誰かがこんな姿を見た時に驚くであろうことを考えて気を紛らわせる。特にゲオルグを知っているフェリドなど、目を丸くして驚くに違いなかった。ゲオルグほどの男を顎で使えるようになるなど、己も随分図太くなったものだ。
簡易的な洗面所と、やはり簡易的な脱衣所・浴室は繋がっており、男はカイルを抱き上げたまま脱衣所まで足を踏み入れる。女王騎士の私室はどこも同じ造りで、脱衣所には大きな姿見があった。女王騎士に恥じぬ身だしなみに全身を整えよと、そういう意味があったように思う。そんな意味があろうとなかろうと、カイルにとって身だしなみを整えることは、女性に相対する時のことを考えれば当たり前にすることだ。
脱衣所で、今度こそ男の騎士服を脱がしにかかる。抵抗はされない。風呂に入るのだから、脱ぐ気になるのは当たり前か。
服を着ていてもこの男の体の逞しさは見て取れるが、やはりこうして脱がしている時のほうが強く感じる。
上衣を脱がせてしまい、胴当てを取り去ってしまうと、内衣の袷から細いワイヤーで編まれた着込みへ掌を滑らせる。顔を近付けると、汗のにおいがした。身を引くのにも構わず距離を詰め、着込みの上から胸元へ舌を這わせた。意図を察したのか、ゲオルグの言葉にはわずかに苦笑が混ざっていた。
「湯を浴びなくていいのか」
「二度浴びるより、一度のほうが良いでしょう?」
着込みの上から爪を立て、じっと男を見つめる。己の青い双眸にどんな色が映っているか、わかるのはこの男だけで良い。
鼻先を首筋に寄せ、唇で食む。軽く吸い上げると舌先で舐めると、こめかみに口付けられた。どうやら付き合ってくれるらしい。そうこなくてはつまらない。
ほくそ笑み、着込みを脱がせるべく裾へ指を這わせた。
頭を鎖骨のあたりに預けるようにし、背後から口付けられるきつい体勢だが、貪りあう口付けに夢中になった。
「……ッは、ァ……」
唇を離すと吐息交じりの声が漏れた。噛み締めようとすると、口に指を差し入れられる。口を閉じられなくされれば、嚥下しきれない唾液が顎を伝う。
口腔に差し入れられた指が、後孔をほぐすように蠢いた。
「んっ……ゥ……」
反対の掌が胸を撫で、腹筋の形をなぞって腰骨を擽る。薄ら勃ちあがりかけた性器の輪郭を指先で辿られれば、耳元の唇が笑みを含んだ吐息を吹きかける。
「……触れてもないのにな」
冷静な囁き。肩越しに見られている。――目の前の鏡を通して。その視線をまともに見返せず、顔を逸らした。
「どうして逸らす?」
口が解放された、と思うとその手が顎を掴み、顔を鏡へと向き直される。振り払う力より固定している力のほうがずっと強い。悔しく思いながら視線だけを逸らしていると、頬を舐められる。
視線を合わせてはいけない。
思っていても、金のひとつきりの眸はカイルの青を待っている。抗い続けるのは難しいほどの強さで。
「ちゃんと見ておけ」
いつもされていることを見るだけだろうと低い声が囁き、耳孔を侵す。水音が卑猥だ。聞いていたくはないのに、耳を塞ぐこともできやしない。
鏡越しに睨めつけても、たいした痛痒は感じていないらしい顔が憎い。
「こんな時だけか、おまえが大人しいのは」
太股から脚の付け根、窪んだところを掌、指が撫でるとカイルの唇から漏れた息は熱を帯びる。
「ゲオルグ殿、は……こんな時、ばっかり……」
「いつも優しいだろう」
「寝言は、寝てから……っ」
「余裕があって結構なことだ」
「ぁ、ンッ……!」
性器を握り込まれると小さく呻いた。掌で包まれ、指で撫でられる。
「……手が空いているな」
性器から手が離れた、と思うと右手を取られ、性器ごと握り込まれる。カイルの指の間からゲオルグの指が触れる。ひくりと腰が揺れた。
「手伝ってやるから動かせ。――できるだろう?」
「できないって、言ったら……?」
「できるだろう」
さも当然とばかりに言い放たれると、ゲオルグの顔をきつく睨む。言葉よりも根元からなぞり上げさせられた指に促され、仕方なしに少しずつ動かした。カイルの手に追従するようにゲオルグの手も動かされる。ただし決定的な動きではなく、カイルの動きを誘うものだ。
視線を逸らそうとすれば顎を掴まれ、性器を軽く引っ掻かれる。そのたびに体が揺れた。
「ぅ……、ンッ、ん……」
実際はそうではないのに、鏡の中ではゲオルグに無理矢理弄られているようにも見える。――興奮させられる。
先端から溢れる先走りを塗りこめるように亀頭を掌で撫で擦り、竿へと塗り広げる。鏡の中ではゲオルグが裏筋をなぞっていた。耳を食まれ、輪郭を舌がなぞる。
水音が鼓膜に響く。やけに卑猥で、それにも体が高まっていった。限界が近いことは、ゲオルグにも伝わっているはずだ。崩れそうになる膝の間にゲオルグの脚が割り込み、顎を掴んでいた手に腰を支えられる。不安定な体が少しマシになった。
ゲオルグの表情はまだ冷静に見える。見えるだけでそうではないことくらい、尻に当たる高ぶりを感じればわかることだ。無意識の笑みが唇に浮かぶ。
不意に性器を擦り上げる動きが性急になる。カイルの動きによるものではない。陰嚢まで揉みしだかれながら、射精まで長くはもたなかった。短く高い声を上げて達すると、体の力が抜ける。
倒れなかったのはゲオルグの腕と脚に支えられていたからだ。
「このくらいじゃ、まだまだだろう?」
尻に濡れた感触。それが割れ目を撫で、さらに奥まった窄まりを突付いた。ひくりと震えるのが己でわかる。
「あ……っ、ア……」
鏡は二歩ほど離れた位置にある。壁にすがることもできず、後ろ手でゲオルグの腰を掴む。股間の間を割った太腿が、性器を擦り上げた。達したばかりで敏感になっている体には、それすらも再び情欲を煽る刺激になる。
――浅ましい。
恥じても、体は今以上の悦を求めている。それに逆らうのは容易ではない。
それよりも――
業腹なのはゲオルグの様子だ。
この男の余裕を、何とか崩せないものか。鏡越しに見える眼に情欲はたしかに灯っているのに、カイルの理性を切り崩していく手管はそれを感じさせない。
右手が性器を包み、左手が後孔をなぞる。
「も、お……っはや、く……」
慣らすなら慣らせと訴えれば、耳元で吐息が笑う。
「いつもはおまえの好きなようにさせているんだ――今くらい俺の好きなようにしてもいいだろう」
意趣返しか。
しかしこんなやり方は姑息ではないか。カイルばかりが追い詰められていく一方で、選択肢を奪われていく。
少しずつ濡れた指が奥へと侵入し、二本三本と増やされた。潤滑油代わりの体液が指によって淫猥な音を立てる。柔らかな唇やぬめらかな舌が、項や首筋、肩口を這う。視線はカイルに固定されたままだ。
できる限りの余裕を掻き集め、情欲に染まった笑みを浮かべた。これも意趣返しだ。
「オレ、の、……いろんなカオ、みるン、でしょ……? はや、く……」
突いて掻き回して滅茶苦茶にして欲しい。
笑みのままねだると、同じように笑みを返され、首筋に歯を立てられる。そうしてそこを舐められると、後ろを慣らしていた指が抜かれる。鏡のほうへ押し付けられる。凶悪な笑みが近付いた。瞳はいつもより感情を隠していない。何とも言えない高揚。その眼を見るためだけに体を開いているのかもしれないとさえ思う。
怪我を負った上腕を掴まれる。鋭い痛みが走ったのはほんの一瞬で、後はすぐ、快感に塗り替えられた。
高ぶったものが押し当てられたかと思うと一気に突き入ってくる。悲鳴じみた嬌声が口を突いた。思ったより痛みが少なかったのはそれだけ慣らされたということか。
「ちゃんと見てろ」
どんな顔で揺さぶられているのか――どんな顔でイくのか。
囁かれ、笑った。
「あんた、こそ……」
それを見逃すことがないように。
荒い息に混じりながら吐いた言葉は羞恥を隠すためのもの。「当たり前だ」と返され、わずかでも見逃すつもりはないと耳朶を食まれる。撫でるような動きの唇が耳の後ろに吸いついた。
ゆるゆると中を擦られ、吐き出した息は熱い。前後に与えられる快楽は体を溶かしてしまいそうだ。せめて一方的に負けるつもりはないと思っていても、口から漏れるのは艶めいた喘ぎだ。
金の眼は確かにカイルを見つめ続けていた。奥まで突き上げられて喘ぐところも、痛いほど性器を擦られ震えるところも、卑猥な言葉を吐かされ吐いて眉をひそめるところも躊躇うところも、もっととねだりゲオルグの肌に爪を立てるところも全部、見つめられていた。
羞恥すらも体を熱くする材料にしかならない。動きにくい、もどかしい体位も同様だ。動きにくいからねだり、誘い、その通りにあるいはそれ以上に与えられ、または焦らされて与えられなければ乱れてしまう。
そうして一際高く鳴き、互いに精を吐き出した後も、すぐに体を離す気にはならない。抜かれると、すぐにゲオルグにもたれた。荒い呼吸を深呼吸で宥めながら。腰から腹へ回された腕を撫でる。
「ちゃんと、洗ってください、よねー……」
「それだけ喋られれば、大丈夫だろう」
「ダーメですよ。ちゃんとしてくれなきゃ……」
寝かせませんからねと呟き、ゲオルグの腕を抓りあげ、振り返る。今にも溜息を吐き出しそうな唇に口付けると、吐息で笑った。