鳴り響いたレーダーの警報に、いち早く反応したのは非番だったカイルだ。
手元の携帯レーダーに視線を走らせる。侵入者を示す赤いポイントは一箇所、すぐ近くで明滅している。今身に纏っているのは女王騎士の装束ではなかったが、構ってはいられない。
「よりにもよりに……」
舌打ちした。
侵入者がいる場所は、メインコンピュータ室だった。艦内のほぼすべての制御、温度管理や外部とやり取りするデータの記録、乗組員や市民の情報、武器に電源他、ありとあらゆる情報がその部屋のマザーコンピュータに統括されている。
艦の動力部分や動力に関わる電源は別の場所で統制しているが、だからといって敵の侵入を許して良い場所ではない。
3番街の角を曲がり、4番街の手前、気を付けて見なければわからない扉を開けて奥へ急ぐ。剥き出しのパイプに囲まれた通路は狭く、通りにくい。長身のカイルでは腰を屈めなければ頭を打ってしまう。
レーダーに目をやる。明かりはまだ明滅していた。動きはほとんどない。
今のところ停電が起きたり、艦内で騒ぎが起きている報告はない。ということは電源は断たれていないということだ。まだ間に合う。
人ひとりがようやく入れる程度の、壁に模したドアの前に立つ。レーダーは強く反応している。この中だ。
深呼吸を二度繰り返し、腰の愛剣を抜く。
この部屋の警報装置以外に引っかからなかった敵だ。どう侵入したのかは知れないが、おそらく相当手ごわい。だからといってこのままにはしておけない。艦と女王を守る女王騎士はそのためにいるのだ。
増援が来るまで待つべきだ。わかっていても体は動いた。増援を待つ間に機械類を破壊されるのを少しでも食い止め、時間を稼ぐべきだと判断したのだ。
慎重に細く手動にしたドアを開け、中を窺う。レーダーに映る影は三つといったところか。思ったよりは少ない。
さらに開いたドアの中へと素早く身を滑らせ、身近な物陰に身を潜める。
気配を殺し、素早くあたりを見回す。制御室に詰めている者たちだろう、倒れている脚や手が見えた。侵入者に殺されたのだと思うと怒りが募るが、冷静にならなければカイル自身の命を危うくする。
足音はひとつ。響く足音はこちらを警戒していないのか。
「いつでもかかってくるといい」
若い声。自分に向けられたものだと理解するのに数秒かかった。
(ずいぶん余裕をかましてくれるなー)
それが手だろうか。そうだとしても、カイルがここにいることがばれているのなら、身を隠す理由はない。
剣を抜き、思い切って侵入者の前へ出る。人の形をしているのはひとり。カイルの予想より、ずいぶん若い。カイルよりだいぶ年下、もしかしたら十代かもしれない。だが落ち着き払った様は十代には似合わぬふてぶてしい印象をカイルに与えた。
短い黒髪に、黒革の眼帯。膝までの外套を纏った姿勢の良い姿は、どこか王者然としている。下っ端などではないことは、一目瞭然だ。ただの下っ端が小数で敵艦内深くまで侵入することはありえないし、肌に突き刺さるような威圧感を発することもできないだろう。
武器らしいものは腰に差した剣か。抜く気配がないのは他に武器を隠し持っているからなのか。間合いをじりじりと詰めても、柄に手をかけもせず、腕を組んでいる。
「丁重なお出迎え、痛み入る」
「出迎えの数が少なくって申し訳ないくらいですよ。ゆっくりしていって下さいねー」
馬鹿にしていると思ったが、同じやり方で返すことにした。少年は無表情に肩を竦める。
「ところがこれでも多忙の身でしてね。……じきに引き上げさせて頂く」
人を食ったやり取りは、なおも続く。
「まー、そう遠慮しなくていいですよー。もてなしを怠ったとあっては、オレが陛下や騎士長閣下に叱られちゃいますから」
「女王騎士長は壮健か」
「えー、お蔭様でね」
ふと、少年が何かに気を取られたように視線を逸らした。
今が好機か。
身を低く屈めて間合いを一気に詰めようと踏み込んだその時、脚が動かなくなった。まるで地に根が生えたかのように。
「な……なんだこれ……っ」
ぎょっと自分の足元に視線が釘付けになる。
脚に絡み付き、カイルの動きを封じてしまっていたのは、蔦のような植物だった。ただし、表面は粘液のようなもので覆われ、蛇のように蠢く。地を這うようにうねうねと動くものもあれば、鎌首もたげてにじり寄るものもあった。小指ほどの細さもあれば、剣の柄ほどの太さのものもある。何かの触手のようだが本体は見えない。
よくよく周囲を見てみれば、コンピュータに貼り付いているものはすべてこの生き物のようだった。何をしているのかはわからない。
脚に絡みついたものが太腿へと這い上がってくるのに、本能的な恐怖がカイルを襲う。しかし逃げようにも脚をかたく捕われていては一歩も逃げることができない。
少年は己の足元の蛇のような触手に手を伸ばし、それじっと見つめた。
「……こいつは、おまえを気に入ったそうだ」
少年の口許に浮かんだ酷薄な笑みは、カイルの窮状を救うものではない。それどころか――。カイルの背に冷たい汗が流れる。
少年は金の右目に笑みを滲ませる。そしてカイルから目を離しすと「殺さなければ好きにして構わん」と笑んだまま言った。
淫らな水音以外、鼓膜を震わせる音はない。
視界の端に映る肘のあたりに引っ掛かったシャツ、ブーツの右足に残ったボトムがいっそ滑稽に思える。
今カイルの体を支えているのは、様々な太さの触手だった。どこからこんなにと思うほどの数がカイルの腰、脚や背を支えて巻き付き、捕えている。
「あ……ッ、ん、……っ」
逃れようと手足をばたつかせても、四肢の拘束がわずかなりと緩む気配はない。ただ首だけは頑是ない子供のように左右に振れた。せめてもの抵抗に立てた膝も、触手たちは気にならないらしい。
とろとろと色のない蜜を溢れさせる性器に、細い触手たちが絡み付いて動く。ぬるついた粘液と生暖かい感触の生き物が絶え間無くカイルを刺激し、かといって一度も達させず嬲り続けていた。
放せと言ったところで聴き入れられるはずもないことはわかっているが、言わずにはおれない。
触手が這っているのは性器だけではなく、手足を縄で縛り付けているかのように拘束し、服を剥ぎ取ってからは胸や乳首、太腿や尻、首筋や背中、体中のあらゆる場所に及ぶ。這い回る感触は舌に似て嫌悪感を起こさせる。だが今カイルに与えられているのは嫌悪感だけではなかった。
乳首には糸のように細い触手が絡み付き、立ち上がったそこを舐めるように小指ほどの触手がくにくにと先端をいたぶる。押し潰すように、摘むように。
性器に絡んだ触手の何本かが、陰嚢から鈴口へねっとりと這い上がる。舌で舐められているような感触にも似て、カイルは何度も声をあげ、腰を震わせた。
少年は先程まではカイルに目もくれずコンピュータや制御装置に向かって何かをしていたが、今はカイルをやや離れた位置から眺めている。
いっそ殺せばいい。
そう言いたくても、カイルの口から漏れるのは意味を為さない言葉ばかりだ。
「ンッ……、やァ……ッあ、あっ……!」
見るなと言いたくても言えない。継続的に続く刺激に、頭がどうにかなりそうだった。過ぎた快感は、行き過ぎれば苦痛になる。苦痛になるぎりぎり手前のところで留められているのも辛い。
それに、あの眼だ。
片方だけの金色の眼差しは冷徹にも見えるほど、どんな感情も読み取れない。ただカイルを見つめているだけだが、視線は強い圧力を孕んでいる。
恥ずかしめられているところを眺めて、何が面白いのか。問うこともできなかった。どれほどこの責め苦が続いているのかわからなかったが、徐々に頭の芯が痺れてきた気がする。
不意に、黒髪が揺れた。靴音を響かせ、外套の裾を翻し、ゆっくりとカイルに近寄ってくる。対峙した時に感じた威圧はそのままだ。本能的な怯えが湧くが、逃げることは叶わない。
外套の下の手が伸び、両手がそれぞれカイルの膝を掴む。
何を、と思うより先に、力任せに膝を開かされた。触手は絡んだままだ。そこを冷ややかに見下ろされる。
感情の篭らない眼で辱められている姿を凝視されるのはカイルの自尊心をいたく傷付ける。加えて彼は帯剣したままだ。いつ腰の剣を抜き、刃を向けられるのかわからない恐怖も湧いた。
体中に与えられる快楽に陥落しそうになりながら、必死に意識を保ち、負けまいと睨み返す。だが視線が絡むことはない。
触手は主である少年の出方を窺うように動きを止めている。それにも係わらず先走りが溢れるのは、金の眼勢が確かな圧力をもってそこに絡んでいるからだ。
不意に、カイルの脚を開かせていた手が動いた。触れるか触れないかの微妙な感触でもって、膝から内股へと掌が滑る。
「……ッ、ア……!」
酸素を求めて呼吸を繰り返していた唇は緩んでおり、体はほんのわずかな刺激でも反応してしまうほど過敏になっていた。己に言い訳しても、羞恥は消えない。
脚の付け根までを撫でたところで、少年はゆっくり視線を上げる。金の眼がカイルの青を捉えた。そこでようやく表情が変わる。――愉しくてたまらないというように、唇をつりあげる。咽喉の奥からの笑いは、肉食の獣の舌なめずりにしか思えない。
手がするりと離れる。彼を睨み返す瞳に勢いがないことはわかっていたが、睨むことは止めなかった。そうすることで己の中の何かを必死に支えている。
少年は口端をつり上げたまま、カイルの自尊心を壊す言葉を投げつける。
「……やらしいな、あんた」
また少年の手が伸びてきて――、カイルが意識を保っていられたのは、そこまでだった。