24日にはゲオルグが帰ってくる、とカイルが王子から聞いたのは、22日の朝のことだった。
近頃の戦況は落ち着いており、すぐに何かが起こるわけではないだろうという明晰な軍師の判断のもと、25日には慰労の意味を含めたパーティが行われる。大人たちは酒や料理を楽しみ、子供たちにはささやかなプレゼントを用意することになっている。
仲間の誰もがよく働いているが、普段本拠地にいる時間が少ないゲオルグを労いたい、とは軍の上層部の一致した意見だった。勿論、カイルもそう思っている。ゲオルグだけに絞るなら、誰より思っていると言っても過言ではないと自負していた。
(ほんと、働きすぎだよねーあの人。体力がありすぎるのも困りものなんじゃないかなー)
大人に配るプレゼントはないが、レツオウに頼んで特製のチーズケーキを用意してもらう手配も整えてある。
あとは、本人が帰ってくるのを待つばかり。
ケーキを見て喜んでくれないはずはないだろうが、やはり反応を実際に見るまでは期待と不安が交錯する。
早く24日になればいい。
暇があればそればかりを考えていた。
パーティは夕方から行われる。そのために、昼過ぎから女性たちを中心に軍議の間や外で準備が進められた。
ファレナにしては珍しく肌寒い日だが、そんなことは気にならないというように、すれ違う顔は誰も笑顔で、つられてカイルもいっそう笑顔になった。
カイルが王子の部屋へ呼ばれたのは、パーティが始まる少し前のことだ。
「王子ー、お呼びですかー?」
「あ、カイル。待ってたよ」
部屋にはリオンと、サイアリーズもいた。にこやかにカイルを迎えてくれたのだが――どこか作為めいたものを感じる。
「お待たせしちゃいましたー?」
「ううん、そうじゃなくて……」
「あんたにねえ、頼みたいことがあるんだよ」
「頼みたいこと?」
サイアリーズに頼まれたら、一も二もなく頷いてしまいそうだが、今の微妙な空気ではその頼み事の内容のほうが気になる。
後ろに持っていたらしい包みを、王子がカイルに差し出す。
「これ。着て欲しいんだ」
「……なんですか、これ」
渡された包みを受け取り、中を開ける。赤い暖かそうな生地と、白いファーが見えた。
説明をくれたのはサイアリーズだ。
「今日、子供たちにプレゼントを渡すだろう? その時に、それを着て渡して欲しいんだよ」
「これ……なんですか?」
袋から取り出した布地は、赤い服だった。丸首の上着は腰のあたりで緩くシェイプされ、丈は膝上というより腿の半ば程度まで、首回りと袖に白いファーがついている。同じように、赤い帽子と靴下にも白いファーがついていた。ブーツの素材は革だったが、色は服同様に赤い。
とりあえずおめでたい感じはするが、これを着てプレゼントを渡すことに何の意味があるのだろう。首を傾げると、説明をくれたのはリオンだった。
「カイル様、異国ではその衣装を着た魔法使いのおじいさんが、子供たちにプレゼントを配るそうです」
「おじいさんが?……オレ、おじーさんじゃないですけど……」
一応の抵抗は試みたものの、
「そりゃわかってるけどね。こういうことを喜んでやってくれそうな人材ってのが、あんた以外に浮かばなかったんだよ」
「カイルならやってくれるかなあって思って。だめ?」
「…………」
そんな、母親や叔母に似た顔で綺麗に微笑まれたら断れるわけがない。まして女性二人に期待(というより確信に近い)に満ちた目を向けられて、カイルに断るという選択肢が残されているはずがなかった。
「あー、もー……つっかれたー……」
ばたり、とベッドに倒れこむ。赤い衣装は着たままだった。脱ぐ間も惜しいほどには酔っている自覚はある。
子供たちにプレゼントを配り歩いた後、着替える暇もなく酒飲み組に捕まり、そのままパーティに居続けた。飲ませられるままに終わるものかと反撃は試みたが、多数対一で敵うはずもない。上着と揃いのズボンも穿いていたのだが、そちらは酔っ払いに脱がされてしまった。幸い靴下が膝上より長い丈だったため思ったよりは寒くはなかったが、姿勢に気を抜くと素足が見えてしまう。そのせいかズボンを脱がされた後に後ろから飛び付かれる回数が増えた気がしたが、すべて拳でお眠り頂いた。好きでもない野郎に抱きつかれる趣味はまったくないから、これくらいはしても良いはずだ。まったく酔っ払いは性質が悪い。
限界近くまで飲まされたが、なんとかゲオルグの部屋に辿り着くことはできたのは僥倖。柔らかな枕を抱えたまま、ほっと安堵の溜息が漏れる。女性にみっともないところを見られたと思うと心が重いが、あまり誰も何も言ってこなかったところを見ると、皆気にしていなかったのかもしれない。できればそうであるといい。
誰も助け舟を出してくれなかったのは薄情だと思うが、一方であの酔っ払いに進んで巻き込まれたくもない気持ちもわかる。ゲオルグがいれば上手く助けてくれたに違いないが、24日には戻ると言っていたらしい彼も、結局戻ってきてはいない。
「もー……」
カイルは溜息を吐くと、ふかふかのブーツを脱いでベッドに潜り込み、テーブルをちらりと見た。彼のために用意したチーズケーキは、シンプルな包装紙と赤いリボンでラッピングをほどこし、置いてある。部屋に入ったらすぐに気付くだろう。
日付はそろそろ変わる頃だろうか。
今日帰って来れないのも、何か理由があるに違いない。怪我など負っていなければいいのだが、明日にはきっと戻ってくる。ここにいればすぐにわかるから、待っていよう。
寝てたら起こしてくださいね、といない人に心の中で一方的に伝えて、目を閉じた。
湖のほとりの城へ戻ると我知らず、口から溜息が漏れた。
戻るといった日は、残りどれだけあるだろう。そもそも残っているのかどうか。すっかり過ぎてしまった時間を取り戻せるわけはないし、自分の選択が間違っていたとも思わないから、これは仕方のないことだ。
自分がそう納得しているからといって相手も同様に納得してくれるはずはないが、上手い言い訳は浮かばなかった。
(パーティがあるとか言っていたか……)
夕方から始まるからそれに間に合うように、と気持ちだけはあったが、気持ちだけで終わってしまった。最近よく親友に似てきた感のある息子には怒られてしまうだろうか。正直に謝るしか手立てはないなと思いながら、歩みを早める。
人が増えたとはいえ、さすがに真夜中ともなると静かだ。酒場に行けば名残を惜しむ者たちが騒いでいるかもしれないが、今はそれより一息つきたい。
それは言い訳で、本当は自分を待っているかもしれない男に早く会いたかった。
顔を見、触れたいと思う。一刻も早く。
己がまさか誰かに、しかも男相手にそんな気持ちを抱く日が来ようとは、夢にも思わなかった。胸の疼きも、慣れてしまえば嫌なものではない。
こんな夜にも見張りに立つ者たちに労いの言葉をかけ、足早に階段を上る。ルクレティアに手早く報告を済ませれば、あとは次の任務まで自由行動だ。残り湯を勝手に使わせてもらって体を清めると、数段体が軽くなった気がする。
そうして自室の前で部屋の中の気配を窺う。予想に違わず、人の気配があった。
小さくノックし、返事を待つより早く室内へ身を滑り込ませる。
「ゲオルグ殿!」
起きぬけだろうか、声は眠さに滲んでいる。扉を開けた気配で起こしてしまったか。
すまないことをしたかという思考は、ベッドから駆け寄ったカイルの姿、服を見て霧散した。
「……、…………なんだその珍妙な格好は」
当人は指摘を受けたせいか、照れたように笑う。
「あーこれ、子供たちにプレゼント配る時に着ろって、王子やサイアリーズ様が……」
異国の風習らしいんですけど、と笑う。もこもことした暖かそうな赤い帽子や上着に、同じ素材らしい赤い靴下。膝より短い上着の下くらい、何か穿いたほうが良いのではないか。寒いからとかそんな理由だけではなく、目の毒だ。
大きく息を吸って吐き、驚きを鎮める。
「…………着続けてるのか」
「ええ、まあ……途中で下だけ脱がされちゃったんですけどね酔っ払いに。でもまーなんとか無事にここに来れましたし」
脱がされた時点で無事ではない。言うと「そーですけど、何もされてませんから」と笑う。されていたらただで済ますつもりはないが、それは心の中に留めおく。
「あ、そうだ。ゲオルグ殿にプレゼントがあるんですよー」
「プレゼント?」
「いつもお疲れ様でーす」
残念ながらオレが作ったわけじゃないですけどと言いながら手渡されたのは、大きな箱だった。緑の包装紙に赤いリボンでラッピングしてある。
開けてみると、チーズケーキだった。ほんのり、甘い香りがゲオルグの鼻腔をくすぐる。
「レツオウ殿に頼んだ、特製のチーズケーキでーす。多分数日もつと思いますから、味わって食べてくださいね」
プレゼントを渡すまではこの格好でいたかったのだとはにかむカイルに手を伸ばし、抱きしめた。名を呼びかけた唇は塞いでしまった。
「あ……っ、あ……!」
擦り上げる手に力を篭めると、押さえていた内股がびくりと震える。朱に染まった体、顔を目を細めて見下ろした。
程よい蕩け具合、果物でいうならそろそろ食べ頃か。
手の中のカイルの性器は蜜を溢れさせ続けている。
「ゲオルグ、どのぉ……っ、もう……」
限界を訴える瞳は欲に滲み、ゲオルグを見上げる。返事の代わりに目許へ口付け、溢れるぬめりを借りて抜きあげる手を早めた。
乱した赤い上着の上で、しなやかな肢体が腰をよがらせる。意識的なのか無意識になのか、手の動きに合わせるようにカイルの腰が揺れている。始めこそは恥じらいからか膝は閉じ気味だったが、今ではゲオルグに自分がどれほど淫猥なのかを見せ付けるがごとく、開かれている。閉じる力もないのかもしれないが、敏感な部分はゲオルグの手の動きをいちいち悦んだ。
快楽に対して貪欲で素直な体。そうさせているのは間違いなく自分だと思うと、悦びが胸を満たす。
「んっ、……そ、れっ……、いや……!」
首を振っても、乱れながらの抗議に説得力があるものか。もっと乱してやろうと先端に掌を当てたまま擦り付けるように動かしてやれば、声はいっそう高くなる。
嫌だと言っていても、それが真実でないことくらいは手の中のものやカイル自身を見ればよくわかる。試しに「本当に?」と囁いてみれば、顔を赤くして逸らしてしまった。まったく素直で、可愛くて困る。
体の前で手首を戒めたリボンが食い込んでいるのが見えた。力の入れすぎだ。外してやりたいのは山々だが、そうするとカイルはゲオルグを喜ばせようと体に触れてくるに違いない。普段ならば歓迎だが、今はそれでは意味がない。何しろこれはプレゼントのお返しなのだから。
「っあ、あ……あああ……ッ!」
一際声を高くし、体を震わせる。赤い靴下を穿いたままの踵がシーツを蹴った。放たれたものは掌で受け止めてやる。
達したばかりの胸や腹を掌で撫でると、怯えるように震える。呼吸は荒く、整えることもままならないようだ。放たれたもので濡れた手で性器の裏側を辿ると、抑えきれなかったらしい声が小さく漏れた。
形の良い尻を撫で、後孔に指を滑らせる。窪みに指をかけると、ひくひくと蠢く。
「ゲオルグ殿……、はやく……」
欲に塗れた目で、声で、ねだられるまでもない。
だが、まだだ。
言うと、欲に染まった顔に不満の色が浮いた。正直な顔に、くちびるに口付けたまま、ゆっくりと節くれた指を埋め込んだ。
すっかり意識を手放したカイルの一糸纏わぬ体を抱きしめ、汗の浮いた額にくちびるを寄せた。
もし次にこんな機会があったとしたら、その時はまともな贈り物を用意しよう。どんなものを贈れば喜んでくれるのか、そんなことで頭を悩ませるのもたまには良い。
はたして何が良いのやら。
だが何を贈っても、カイルは喜んでくれるような気がした。だからといって、選ぶ労力を惜しむつもりはない。
眠るカイルを抱き寄せて、ゲオルグも目を閉じた。