どこかで誰か、何かのために戦い、ある陣営に属している時、その時限りであろうと仲間がいる。それぞれがそれぞれに与えられた役割を果たして軍というまとまりがあり、各自がまとまりのために働いていれば、その中では自然と連帯感も生まれる。
ゲオルグの旧友の息子は、彼の妹のために戦うことを決意した。妹が自らの意思でゴドウィンの倅と婚姻を結んだのなら、また違う展開を見せたかもしれないが、少なくともゴドウィン家は彼らの野望のためにすべてを利用しようとしている。まだ幼い姫ですら、野望の道具としてしかその目には見えていないだろう。
妹を助けるというのは、私情だ。
私情だが、妹が正統なる王位継承者であるがゆえ、必然として国を巻き込む。旧友の息子はどちらかといえば旧友の妻、ファレナの女王に似た面差しの少年。心根も優しく、自ら人と進んで争うような真似をする性質ではない。それでも立ち上がったのは私情のためだろうが、国という大きなものを巻き込んだ今、彼は様々なものを背負う羽目になった。
逃げ出さないのは親から受け継いだ血のゆえか。
日々逞しく育っていくのも親の血ゆえか。
そればかりではないのだろう。だからこそゲオルグも彼に手を貸し、暗躍している。
赤月帝国では元々軍人出身の貴族が多かったせいか、陣営もお堅い印象が残っている。皆どこか生真面目なのだ。それに対してファレナでは――いや、王子の下に集った仲間たちときたら、元が軍人や貴族ではないためか、どこか明るさと柔らかさがある。王族の性質からして違うのだから、当然かもしれない。そういった意味ではゴドウィンのほうが赤月帝国の新皇帝を思い出させる。
どちらが良いも悪いもない。その国の性質だろう。
だが、こちらのほうが良いと気付いたこともある。
「ゲオルグ殿! おかえりなさい」
湖のほとりの城に戻るたび、仲間たちが温かく迎えてくれる。それは意外に心地の良いものだ。
誰に迎えられても嬉しいものだが、旧友の忘れ形見や、留守中にゲオルグに宛がわれた部屋を好きに使っている不良騎士に迎えられるのは、他の者たちとはまた違った意味で体が軽くなる。
「ああ、ただいま」
「思ったより早かったんですねー」
大きな体の割に人懐こく寄って来る。
カイルは誰にでも人好きする笑顔で応対するように見えるが、これで人によって態度を使い分けているところがある。特に男に対しては顕著で、彼が愛想を使う男といったら王子くらいのものだった。――ゲオルグを除けば。
カイルの言葉に頷き、立ち止まる。
「ああ。船がちょうど良いタイミングで出ていたからな」
「そっかー。オレの祈りが通じたのかと思っちゃいましたよ」
「祈り?」
「ゲオルグ殿が早く帰ってきますよーに、って」
秘密ごとを持っている子供のような顔で笑う。そういう表情は嫌いではない。見られるのが主に自分だけだとわかっているからかもしれない。
わざとらしく「何かあったのか?」と問えば、
「別に何もないですけどー。……早く顔が見たかったから、です」
言いながら自分の言葉に照れたのか、そっぽを向いてしまう。照れてまで言う必要があるのかどうかはゲオルグにはわからないが、カイルにはあるのだろう。
女好きで有名な男の態度とも思えない。
そもそもこの女好きが何をとち狂ったのかゲオルグのようなむさ苦しい男に惚れたということ自体が不可解ではあるのだが。
とはいえゲオルグのほうにも、自分が充分おかしい自覚はあった。
「早くおまえの顔が見たかったからな」
だから急いだのだと告白すれば、カイルの顔がみるみる朱に染まる。
「そっ……そんなこと言って……!」
「嘘だとでも?」
「からかってるでしょう!」
「心外だな」
「…………」
探るような視線を寄越してくるが、嘘は吐いていないので探られても何も出ない。なおも疑り深く探ってくるのがおかしくなる。
大きな笑いを堪え、掌で自分の顎を撫でた。
「あえて言うなら季節のせいだろう」
言葉が口をついて出た。訝るカイルに口許で笑って見せる。
「人恋しい季節だから」
「……それって、オレじゃなくてもいいんじゃないですか?」
「そう思いたいなら、思っておけ」
「そこは否定するとこでしょー!」
「素直じゃないからだ」
喉の奥で笑いながらカイルの背を押す。早くゆっくりさせてくれと言えば、不満そうに頬を膨れさせながらも「仕方ないなー」と言ってゲオルグの先を歩く。
報告は済ませてあった。明日城を出て行くまでには武術指南も行うのもいい。だがそれまでは部屋でゆっくりしたい。そのくらいは許されるだろうか。部屋に戻ればなかなか素直にならないこの男も、素直になってくれるだろうか。
動きに合わせてひらひらと揺れる襷のように普段から素直になってくれたらと思いながら、素直になりきれないあたりも好ましいと思っている己に溜息を吐いた。
諦めであろうと甘さが混ざった溜息に、気付いた者は誰もいない。